2009年12月29日火曜日

畸人好み

穂村弘という歌人兼エッセイストがいる。
まだメジャーではないが、癒し系のグッズが
受ける時代にピッタリの作家ではないかと、
ひそかに応援している。

入門書としては『現実入門』『世界音痴』あたりが
よろしいのではないか、と思う。

この男、本のタイトルにもあるように、現実というものに
極端に疎く、世の中のことをほとんど知らない。しかし、
伊藤整文学賞をとってしまうくらいだから、歌人としては
なかなかのものらしいのだ。

男の特徴は臆病で怠惰で好奇心が皆無、というところ。
40代も半ばになろうという最近まで、母親と2人暮らしで、
キャバクラにも海外旅行にも行ったことがない。
そしていつも万年床で、菓子パンをむしゃむしゃ食べている。

そんな、生活者としては典型的なダメ男が、
エッセイを書くと、何と言おう、実にオモロイのだ。

ある日、母親とパスタ屋に行く。
メニューを開くと、ボンゴレ・ビアンコだの
ペンネ・ボロネーゼだの、横文字のオンパレードだ。
注文しようとすると、目がチカチカ、舌が回らないわで
大いにあせりまくる。

《私の母親などメニューに向かって今にも
ごめんなさいと謝りそうである。お母さん、
あなたは何にも悪いことはしてないんだから、
タリアテッレやコンキリエに謝らなくてもいいんです》

母親は紅茶とコーヒーをかろうじて区別できるそうだが、
カフェオレになると、もうダメだという。
《「カフェオレもあるよ?」と声をかけると、
怯えた目になってしまう》

わかる、わかる。うちのお袋もまったく同じだもの。

穂村のエッセイには、彼しか書けない
特異な言葉の世界がある。言葉に敏感な歌人
だからこそ作り得る世界なのか、独特のほんわかした空気感がある。

平易な文章だから、だれでもマネができそうだが、
やれるものならやってみろ、というドスの利いた凄みを
感じさせる文章でもある。
なまなかな腕では、とてもとても。

穂村は読売新聞にもコラムを連載した。
が、期待したほどおもしろくはなかった。
穂村らしさがまったく出ていないのだ。
最近、結婚したと聞いたが、人並みの生活をするようになったら、
感性も人並みになってしまったのか。
弘ちゃん、畸人のままでいてくれ!

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