2014年6月28日土曜日

濁った水と清らかな水

いつも通っているプールからレジオネラ菌が検出され、営業停止を食らってしまった。
しかたがないから県境を越え隣町(板橋区成増)の赤塚体育館のプールへ緊急避難した。

プールは地下2階にあり、採光がわるいためなのか、やや暗い。
むかしドイツはケルン市にあるホテルの地下プールで泳いだことがあるが、
そこもどこか陰気で、カビ臭かった。暗くよどんでいるところはそっくりだ。

まっ昼間にプールで泳いでいる人間は、おばさんか隠居したおじいさんしかいない。
この日も、2コース分を使って水中エクササイズのダンス教室が開かれていた。
おばさんたちが数を頼んで踊り狂うとなかなかの壮観で、水中から〝御み足〟を
拝見すると、まるで練馬大根がラインダンスをしているような迫力がある。

彼女たちが音楽に合わせて踊ると、いやでも波が立つ。その波が大きなうねりとなって
隣の「完泳コース」に押し寄せてくる。こっちはまっすぐ泳いでいるつもりだが、
大迫力の横波を受け、ツツーッとコースロープのほうへと流されてしまう。
恐ろしきおばさんパワーだ。

なかには歩くより転がったほうが速い、と思える豆タンクのようなおばさんもいる。
どうすればあそこまで〝お肉〟がつくのか、小錦みたいな二の腕にさわってみたい
衝動に駆られる。あそこまで肥えてしまうと、この程度の水中ダンスでは効果あるまいと、
こっちはつい憐れむような視線を送ってしまうのだが、当人は必死の形相で足踏みを
繰り返している。痩せたければ食べなければいい――原則はこれだけのことなのだが、
それが叶わないから、ありとあらゆる減量法が出ては消え、消えては出ていく。

プールが陰気なのは採光と照明のせいばかりではない。
若い娘がいないというのが大きい。おじさんとおばさんはレジオネラ菌やら水虫菌を
まき散らす保菌者だが、若い娘さんはその穢れた水を清めてくれる。
人生の垢でよどんだプールの水を〝聖水〟に変えてくれるのだ(←勝手に言ってなさい!)。

フランスには処女の乙女たちが葡萄を素足で踏みつぶすという風習がある。
その穢れなき御み足で踏んだ葡萄を搾ってワインを造るのである。
10代の乙女ではなく50代、60代のおばさんやおばあさんが踏みつぶした葡萄を
想像してみたまえ。ひび割れたかかとで踏んだ葡萄汁――とても飲む気にはならんでしょ。

完泳コースで泳ぐおばさんはもちろんいる。達者な泳ぎのおばさんもマレにはいるが、
多くは「泳いでいるんだか溺れているんだか、わからない」タイプばかりで、
ボクは彼女たちを〝障害物〟と見て、巧みによけながら泳いでいる。

ボクは前方をあまり見ずに泳ぐクセ(クロールだけ)があって、時々ゆっくり泳いでいる人と
ぶつかってしまうことがある。そうならないように〝者間距離?〟を十分とってから
スタートするのだが、以前、勢い余っておばさんの股ぐらへ頭から突っ込んでいって
しまったことがある。もちろん平謝りに謝ったが、双方、実にバツのわるい思いをして
しまった。

よりにもよって、おばさんの股ぐらに追突するとは……(ウッ

女性の多くは平泳ぎを好むようだが、あれはワイセツでいけません。
時々、前方のおばさんがつかえてしまい、すぐ真後ろでおばさんの
股の開閉を眺めるハメになってしまうことがあるが、正直言って、
目のやりどころに困ってしまう。うら若き乙女の開閉なら大歓迎だが、
金魚のフンみたいにずっと後ろに付いていると〝危ないおじさん〟と
勘違いされかねないので、こっちはしかたなく立ち上がって歩いてしまう。
いずれにしろ、おばさんも乙女も、股を開閉する平泳ぎは厳に慎んでもらいたい。

ボクはぎょう虫とかサナダ虫をペットとしてお腹の中に飼っていた世代だから、
レジオネラ菌だろうとインキンタムシ菌だろうと、いっこうに平気だが、
おばさんやおじいさんが泳いだプールの水をゴボッと飲んでしまった時は、
さすがに気が滅入る。やはり飲むんだったら〝聖水〟がいい。
ああ、うら若き乙女たちよ、その清らかな心もて、濁った世、濁った水を清めておくれ。
ついでに猛り狂う老い木の心も鎮めておくれ。






←ボクもついでに踏みつけてください (バカ)





 

2014年6月23日月曜日

平和を希求する核武装論者

これは内緒の話だが(←いつも言ってんだろ!)、
ボクは戦争を憎み平和を愛する「改憲論者」で、ついでに言うと「核武装論者」でもある。

核武装論者などというと、かなり〝危ないおじさん〟じゃないのか、と敬遠するムキが
あるかもしれないが、実際はそうではない。〝危ないおじさん〟どころではなく、
きわめて危ないおじさん〟なのである。だから、嫁入り前の娘さんは決して近づか
ないよう心してほしい。こっちは今のところ、おばさんやおばあさんで間に合っているので、
はち切れんばかりのフェロモンは要らないし、だいいち身体に毒なのだ。

話が本題から外れてしまった。

かの沖縄戦から69年、「慰霊の日」である本日この日に、こんな危なっかしい話を
するのは、まことに不謹慎極まるものかもしれないし、ボクのグルーピーたちも失望し、
「嶋中労ファン倶楽部」から脱会する危険性が大いにあろうが、
お国のためにあえて言ってしまおう。
日本は軍備を増強し、憲法を改正し、近い将来は核武装すべき」だと。

なぜこんなことを言うのかというと、心から戦争を憎み、平和を愛しているからだ。
ボクはこと女性に関しては理想主義者(淑女は決してオナラなんかしない、と信じてる)だが、
それ以外は徹底したリアリストを自任している。もちろん民主党政権のように
「東シナ海を友愛の海にしましょう」などと、おバカなことは金輪際言わない。
隣国に媚びるような甘い顔をしたらどうなったか。ロシアも韓国も支那も、
ここぞとばかりに圧力をかけてきたではないか。『1インチ退けば……』でも書いたが、
1インチ退けば1マイル押してくる――これが非情なる外交世界の現実なのである。

どうやったら戦争を回避できるか。歴史をひもとけば答えは自ずから出てくる。
軍事強国になること――それ以外にない。軍事力が強大であれば、
相手は戦争など挑んでくるわけがない。
プロレスラーに殴りかかる愚かものはいません
と、元航空幕僚長の田母神俊雄がわかりやすい比喩で説明している。

軍備を増強したりしたら戦争になるのでは、などと要らぬ心配をしている人がいるが、
まったく逆で、軍事力が強いほうが国の安全は保てるのである。それが国際的な常識
なのだが、日本では逆さまで、「軍隊を強くしたら戦争が起きる」という〝非常識〟が
公然とまかり通っている。

核アレルギーの日本では「核武装」などと言おうものなら、一発で頭のおかしい
危険人物というレッテルを貼られてしまう。なぜ北朝鮮が核武装したがっているのか。
答えは簡単だ。アメリカから攻撃されないようにするため、に決まっている。

かつて日本も核爆弾を開発していたという話は「理研のある町」と「原爆と指パッチン
に書いた。理研は今、「オボちゃん」問題で大揺れだが、戦時中は理研の仁科研究室で
原爆を開発していた。アメリカのほうが一足早く成功したために、日本は広島と長崎の
悲劇を生んでしまったが、日本のほうが早かったら戦況はどうなったか分からない。
〝核アレルギー〟などと、いつも被害者面ばかりしているが、実は日本も原爆開発に
勤しんでいた、という事実は知っておいたほうがいいだろう。

核戦争に勝者はいない、と田母神は言う。撃てば必ず反撃されるからだ。
撃ってみろよ、撃ったら必ず10倍にして返してやるからな!」
半沢直樹みたいにこうやって凄めば、どんな相手だってひるんでしまう。
これを〝核の抑止力〟という。たった一発の核弾頭であっても北京やニューヨーク、
東京はつぶれてしまう。その一発に耐えられる国などどこにもない。

だから、撃てば必ず負ける。こんなことを仕掛ける人はいません
と田母神は元軍人らしく、あくまでリアリストの視点から発言する。
日本では核兵器は攻撃用兵器と思われているフシがあるが、
ほんとうのところは徹底した防御用兵器なのである。

《核兵器を持たないほうが、持つよりもより国が安全だという意見は、
日本以外の国では通りません。「頭がおかしいんじゃないか」と言われます。
でも日本では「持たないほうが安全だ」という意見が通ってしまう》
民主党や共産党などの〝頭のおかしい〟政党は、みなこの「非常識派」
に属していて、彼らの意見は世界中の物笑いの種にされている。

その昔、旧社会党は〝非武装中立〟を謳い、極端な理想主義を掲げはしたが、
その非現実的な空理空論は日本国内に巣くう一部のインテリ層にバカ受けしただけで、
今はまったく顧みられることはない。当時、朝日は「非武装中立理論」を盛んに
持ち上げていたが、今は同社発行の現代用語事典『知恵蔵』から〝非武装中立〟という
項目をこっそり削除してしまっている。まったく、どこまでえげつない新聞社なのか。

こんな状況であるのに、どっこいおバカの遺伝子はまだ脈々と受け継がれていて、
時々、ハトとかカンとかがしゃしゃり出ては古証文を抽斗から引っ張り出したりはする。
が、耳を傾ける人間などほとんどいない。〝鳩燗〟で飲む酒はうまいが、民主党の
〝ハトカン〟は底無しのおバカで、もう未来永劫、救いようがない。

田母神曰く、
核戦力を用意するならば、敵に位置がわからない潜水艦が一番いい
イギリスだって、潜水艦発射の核ミサイルしか持っていませんからね》
ボクもこの意見に賛成だ。日本の潜水艦(ディーゼル型)建造能力は世界一だと聞く。
核搭載の潜水艦を東シナ海に遊弋させたら、それだけで支那はお手上げだろう。

ワールドカップサッカーで日本代表は1次リーグ敗退の危機に瀕している。
コロンビアに2点差で勝つのは、「ハトカン」がバカから脱却するくらい難しいだろう。
で、急速に興味の薄れたボクはこの間、本ばかり読んでいる。〝タモさん〟の本は
期待にたがわずおもしろかった。核武装に賛成の〝平和主義者〟はぜひ一読を。




タイトルこそおどろおどろしいが、中身は
きわめてまとも。防空識別圏の問題やスクランブル発進
などの話が新鮮でおもしろかった。軍人出身だから
言える徹底したリアリズムが凡百のトンデモ本
を圧倒している。

2014年6月19日木曜日

アサヒは飲むもので読むものじゃない

ワールドカップサッカーの真っ最中で、「対ギリシャ戦がどうなるか」に国民の関心が
向いている時に、無粋なことは言いたくないが、ほんの箸休めに朝日の悪口を言う。
(アサヒ)ビールは好きだけど、アサヒのシンブンガミはきらいなのだ。

さてボクは再三再四、朝日・毎日・共同通信が大きらいと公言している。ついでに言うと
岩波書店、講談社、小学館もきらいで、さらに云うなら日教組を蛇蝎のごとく憎んでいる。
NHK経営委員で作家の百田尚樹さんも「日教組は日本のがん」と発言しているが、
まさにそのとおりで、日本の子どもたちの誇りを傷つけ、心をむしばむ左翼の教員たちは、
国賊と決めつけてまず間違いはないだろう。

日本のインテリ層には共通した性癖がある。その多くが朝日新聞の愛読者で、
とりわけ団塊の世代(1947~'51年に生まれた世代)は「革命に対する見果てぬ夢」
をいまだに追いかけていることだ。現実を無視し、理想だけを追い求める精神構造は
かつてのドイツ浪漫派に喩えられようが、「きれいごとばかりで現実味が薄い
というのが特徴で、ボクは「左翼進歩主義=ええかっこしぃ」と捉えている。

総じて日本の新聞ジャーナリズムはpro-communism(共産主義びいき)の傾向があり、
21世紀のこの期におよんでも「共産主義は資本主義より先進的なのだ」という
考え方に骨がらみで取り憑かれている。

なぜ共産主義が進歩的で善なのか。
なんとなれば、それは弱者という善玉の救世主だからだ。
日本人には判官びいきの傾向があり、つい「強者=悪玉」「弱者=善玉」と捉えがちになる。
むかし流行った「資本家=搾取する側」「労働者=搾取される側」という短絡的な分類法が
今も生きているのである。

だから駆けだしの若手記者たちは、先輩たちに言われるままに「左翼=善玉」
「タカ派=悪玉」「ハト派=善玉」という単純な二項対立の図式を信じてしまう。
現に、自民党政権がきらいな朝日などは「安倍総理=タカ派=悪玉」という
視点で政策を論じ、あくまでポーズではあるが、「反政府、反権力」を気取って
民衆の味方であることをアピールしている。

しかしこのポーズはまったく意味を成さない。なぜなら、民主主義の時代においては、
主権在民で国民が選んだ政府に対して〝反権力〟を旗印にすることは、国民に
真っ向から楯突くことになるからだ。この矛盾にほとんどの新聞は気づいていない。

朝日の「反政府、反権力」がただのポーズだってことはすでに明々白々である。
'60年安保の時、朝日は終始〝反安保〟を煽っていた。デモに行かなきゃ学生じゃない、
みたいなことを書いていた。ところが、ひとたび国会デモで死者(樺美智子さん)が出ると、
報道姿勢を逆転させ、いきなり〝右旋回〟していく。「七社共同宣言」なるものを発表し、
暴力を排し、議会主義を守れ》などと訴えたのである。

左翼進歩主義を気取ってはいるが、いざ共産主義社会になるような可能性が出てくると、
突然態度を変え、引き返してくる。'60年安保の時の〝転向〟がその代表である。
そもそも自由主義の側にいるから自由主義を否定するような言論が許されるが、
全体主義になったらそれを否定する自由主義的言論など許されっこない。
朝日・毎日のようなブルジョア新聞などはまっ先に粛正されてしまうだろう。
そんなことは自明の理なのに、彼ら似非新聞人は永年の〝ええかっこしぃ〟が
宿痾になっているのか、いつだって「正義」ばかりをふりまくのである。

「従軍慰安婦」に「南京虐殺」――どれも朝日がでっちあげたもので、
それに関しては謝罪のひとつもない。これほどまでに日本の国益を損なっている事案
なのに、朝日はどこ吹く風と知らんぷりだ。

ボクが信じられないのは、「それでも朝日が好き」という人間がいることだ。
何を読もうが個人の勝手だろ、と思う人がいるかもしれないが、
それは朝日の犯してきた数々の罪業に無知だから言えることで、
ひとたび或る方向へ世論を引っぱっていこうとする朝日の狡猾な作為が見えてしまうと、
その異常なバイアス(偏向)のかかり方に強い違和感と反発を感じてしまう。

驚くべきことは、朝日新聞の購読を誇りに思っている人が意外に多いことだ。
オーム真理教の幹部たちにも高学歴者が多かったが、長年にわたって
洗脳されていると、何が正しく何がまちがっているのか、自ら判断できなく
なってしまう。これは悲劇、いや笑えない喜劇というべきだろう。

幸いなことに、ボクと親しい人たちは多く「アンチ朝日派」に人たちで、
なかにはボクの感化によって、朝日購読をスッパリやめてしまったものもいる。
また何を勘違いしたのか、アサヒからキリンに宗旨替えした人もいる(←関係ねえだろ!)。
「やっと目が覚めましたよ」
朝日と縁を切った人たちは、キツネが落ちたみたいに一様にこう曰うのである。

心から「ザックJAPAN」を応援したいのなら、「日の丸・君が代」のきらいな朝日・毎日
の洗脳から早く脱することだ。この左翼進歩主義を気取ったメディアは、無意識下に
支那や韓国のコントロール下にある売国新聞で、日本人の味方のような顔をしているが、
流れている血は明らかに支那人のそれであり、朝鮮半島人のそれだ。

ボクは雑誌記者時代に朝日新聞記者の無知と横暴を目の当たりにして、
いっぺんに朝日ぎらいになってしまった。あの新聞社はおかしい。
日本の悪口ばかり言ってメシが食えるのだから、楽チンといえば楽チンだが、
廉恥心を失ったら、言論人どころか、そもそもまっとうな人間とはいえまい。

いつも正義は我にあり、我は潔白なりという顔をして恥じない朝日人よ!
人間にはどこかうしろ暗い、内心忸怩たるものがないといけない、
と師匠の山本夏彦は言っていた。
ハッキリ言ってしまうと、朝日人の人間観、歴史観はあまりに薄っぺらで、
幼稚きわまりないのだ。そもそも思考の立脚点が間違っているから、
そこから導き出される結論がすべて狂ってしまう。

老婆心から言わせてもらえば、もっと歴史(岩波の歴史書は不可)を学び、
広く文学や哲学に親しむことだね。
もう手遅れだと思うけど……




←うまいこと言うねえ。






 

2014年6月15日日曜日

「自分たちのサッカー」って何なんだ?

「次の試合までに問題点を〝修正〟し、あとの2試合は絶対に勝ち切ります」
サッカー日本代表の口グセはこの〝修正〟という言葉だ。この言葉さえ発すれば
すべてうまくいくような幻想を抱かせる。しかし、今まで見てきたかぎり、
絶えて修正されたためしがない。「一生言ってろ!」といいたくなる。

自分たちのサッカーさえできれば絶対勝てますから……」
これも耳タコの常套句。相撲取りがよくいう「自分の相撲を取るだけっす」
に著しく似ている。相手のチームだって「自分たちのサッカーができれば」
と考えているのだから、なにやら「楯」と「矛」の関係に似てくる。
これも「死ぬまで言ってろ!」のクチである。

日本代表チームのパスはどれもみな蝶々が止まりそうなくらい超ゆるゆるだから、
ことごとくインターセプトされて敵の手に。あんな生っちょろいパスだったら、
足腰立たないボクみたいなポンコツじいさんだって、簡単に横取りすることができる。
コートジボワールの得点は、みなこの不用心で出来損ないのパスが原因である。
いったいどこにお得意の〝修正〟があるというのか。
開催前に言ってたよね、「もちろん優勝を狙います」って。
寝言こいてんじゃねえ!


ボクは「火病」感染者だから、同点弾を打ち込まれた時点ですでに神経はぶち切れていた。
「バカ、どこ蹴ってんだよ! あーあ、また盗られちゃった……」
「そこじゃねえだろ! 大迫! なにボーッと突っ立ってんだよ!」
「香川! ドリブルなんかするんじゃない! お前は100年早いんだよ!」
「吉田のバカ麻也! 棒みたいに突っ立てるんじゃないよ。ヌリカベか、お前は!」
悪口雑言、罵詈雑言、悪罵嘲罵のタネも尽き、このままだとマルコメ印の脳みそが
沸騰し、爆発しそうになったので、しばらく頭を冷やそうと外へ出た。

力なく肩を落として散歩していると、団地内はいつしか夢遊病者みたいなおじさんたちが
あっちフラフラ、こっちフラフラ。みな目が虚ろで、すでに正体を失っている。
ザックJAPANの敗戦は、団地のおじさんたちから魂を奪ってしまった。


実は昨日、慶大へ留学中のフランス人Alexiaがひょっこり遊びに来た。
ニコール・キッドマンそっくりの顔をした可愛い女の子で、
夕食時には土産のワインを飲み、手づくり餃子を食べながら、その白い肌にうっとりし、
まるで極楽にいるような気分だったのに、今日は日本代表のふがいなさのおかげで、
気分は最低レベルに落ち込んでしまった。

スペインもイングランドもボロ負けし、みなボク以上に暗~い顔をしているんだろうな、
などと想像しても、気分はいっこうに晴れず、しばらく鬱状態が続きそうな気配だ。
ノーテンキな日本代表選手たちにあっては、いつだって〝修正〟可能だろうけれど、
こっちとら凡骨の身には、器用な〝修正〟などできるハズもなし。

夕方からはいつもの仲間たちとキャッチボールをする予定だが、
この虚ろな目では、へたすりゃ顔面や急所に球を食らい、
端正な顔立ちと立派な逸物を台無しにしてしまうかもしれない。

ああ、胴長短足の矮軀で健気に走り回る「ザックJAPAN」の面々よ!
盆踊りしかできず、リズム感なしのDNAを受け継いでしまった悲しき民族の血を
決して恨まないでくれ。

高温多湿のピッチ上はまさに地獄の業火そのものだろう。
せいぜい得意の〝修正〟を加え、「自分たちのサッカー」が
実現できるよう頑張ってくれたまえ。
今日の試合ぶりには大いに不満だ。が、義理堅い男だからまだ見限ったりはしない。
せめて死んだ気になってニッポン人の底力を世界に向かって示してくれ。

「ガンバレ、日本!」とまあ、人並みの声援を送りたいところだが、
爪の先ほどの根性があるのなら、立派に散華してこい、と言いたい。
「韓国が勝つよりうれしい」と日本代表の敗退に狂喜する韓国人。
あの〝反日病〟の愚かな隣人たちを喜ばせてはならない。
ガンバレ、日本!















 


 

2014年6月9日月曜日

「ハレンチ韓」とは絶交すべし

あっちで日本の悪口を言ったら、こっちでも日本の悪口を言う。
韓国のパク・クネクネ大統領は、あっちでもパクパク、こっちでもパクパク
身をクネクネさせながら各国首脳にすり寄っていく。自国の安全神話が
危機的状況にある中、そんなアホなマネをしているヒマなどないだろうに、
「告げ口病」はすでに宿痾(しゅくあ)と化し、平癒(へいゆ)の見込みは絶えてない。

クネクネはよくこんな演説をする。
《慰安婦だった女性たちの心はまだ癒されていない。日本は誠意を示すべきだ》
彼女の言う〝誠意〟とは「金を出せ!」ということである。

二言目には「癒されていない」というが、その状況をつくったのは韓国政府だろ!
彼らは事実よりもイメージ、漠然とした情動を優先するから、どんなに反論しても
「馬の耳に念仏」。それどころか、ユネスコに対して慰安婦を「世界記憶遺産」にしろ、
などと息巻いている。

これじゃまるでホーソーンの『緋文字』そのもの。ユネスコ登録などされたら、
「私はかつて慰安婦をしてました」という烙印を胸に押されるも同然で、
彼女たちの心は永遠に癒され安まることはない。

彼女たちの心を安らかにする一番の方法は、今後一切この問題にふれず、
静かに暮らせる環境を保証してやることだ。もちろんその責任は韓国政府にある。
ところが韓国政府のやることといったら、米国の至るところに慰安婦像を建て、
ニューヨークのコリアンタウンにも「慰安婦通り」をつくろうといった、「忘却」より「想起」に
重点を置いたものばかり。これでは傷口に塩をなすりつけるようなものだろう。
日本に対する優位な外交カードを切るためだけに、
戦争で苦労した自国の女性を辱め、さらし者にする。その神経がわからない。

以前も『反戦詩なんかじゃない』や『慰安婦は高給取り?』『「うようよ」と「うじゃうじゃ」』
などに書いたが、日本が戦争に負けてアメリカ軍が進駐してきた時、マッカーサー
総司令部が日本側にまっ先に命令したのは「慰安施設をつくれ」というものだった。
銀座松坂屋などは代表的な慰安所で、そこでは400人以上の大和撫子たちが、
泣く泣く春をひさいだのである。

韓国政府は日本軍に強制連行(←大ウソ)された慰安婦をSex Slave(性奴隷)などと呼び、
世界中にその名を広めようとしている。日本政府は性奴隷なんかじゃない、あれはただの
Comfort Woman(慰安婦)だと反論しているが、アメリカ政府までもが《comfort womanと
婉曲に言うのはよくない》などと韓国政府の肩を持とうとしている。

マッカーサー総司令部が日本の慰安施設につけた名は、たしか「レクリエーションセンター」
だったよね? 何が《婉曲に言うのはよくない》だ! そんなもん、言える立場かよ!

戦場と慰安婦の関係は避けて通れない問題だ。
が、どこの国でもこの問題にはふれたがらない。
みな、スネに傷を持っているからだ。

兵士のための慰安施設をつくろうというのは、第一次世界大戦がその契機になっている。
多くのアメリカ軍兵士が、ヨーロッパ戦線で梅毒に感染してしまったのだ
が、国家や軍が表立って慰安所を容認することはまずない。容認してしまうと、
国家が組織的に売春に関与した、とされてしまうからだ。だから、アメリカ軍は今でも
「自由恋愛」がタテマエで、銀座・松坂屋の慰安所も、表向きはダンスホールだった。
GI相手の慰安婦たちもダンサーとして登録されていたのである。

長く支那の属国だった韓国は朝貢するにしても、それにふさわしい物産を持たなかった。
唯一提供できたのは女性で、それこそ〝慰安婦狩り〟ではないが、かつてヨーロッパで
盛んに行われていた奴隷狩りとまったく同じことをやっていたのである
(『光と影の間に』参照)。朝鮮の王は清との戦いに敗れ、賠償金の代わりに50万人の
若い女性を貢ぎ物として贈った、という記録がある。まさに強制連行そのものだった。

韓国人は二言目には「日帝36年」の非を鳴らすが、ソウルに帝国大学をつくってやった
のはどこの国だ? 40校もなかった小学校を1000校に増やしてやったのはいったい
どこの国だい? イギリスやオランダ、スペイン、ポルトガルといった名うての宗主国が
植民地に学校を建てたかい? そんなことするわけがない。現地人が利口になったら
危険この上ないからだ。植民地はひたすら搾取のためだけにある。

何度も言う。日本の朝鮮統治は、あくまでロシアの脅威に対抗するためだった。
日本の進言を無視し、近代化に背を向けた朝鮮は、ロシアの脅威に鈍感で無防備だった。
しかたなく日本は朝鮮に出兵し、併合した。日韓併合は、つまりは祖国防衛のためだった。

ついでに言えば、韓国の近代化は日本の統治がなければ成し遂げられなかった。
韓国発展の基礎はすべて日本がお膳立てしたものなのである。
歴史を真摯にふり返れば、そんなことは自明の理なのに、韓国人はいっかな耳を
貸そうとしない。〝弟分〟と下目に見ていた日本に、併合統治されたことが、
よほど腹に据えかねるのだろう。

自分たちに都合のわるい歴史的事実には目と耳をふさぎ、
自分たちに都合のいい歴史ばかりを捏造するファンタジー国家・韓国。
愚かといえばあまりに愚かで、近頃は韓国政府や韓国人の行状がホトホトいやになり、
テレビから「……スミダ」と聞こえてくるだけで、即チャンネルを変えてしまう。
「愚韓」「犯韓」「呆韓」に「痴韓」……とんちん韓でハレンチ韓の国とは、
もう金輪際つき合うのはやめにしませんか?





←ああ、この演技たっぷりの大仰な嘆きよう。
感じるのは絶望的なまでの違和感だ!
日本人の奥床しさのほうが1000倍も上品で美しい