2016年5月11日水曜日

英語好きのガイジン嫌い

相棒のNICKは英語ができる。
その奥方のK子さまはもっとできる。
TOEICはもちろん満点の990点で、たしか英検1級も持っていた。
おまけにご両人とも日本語が達者。大学で言語学を齧っただけあって、
コトバにはやたらとうるさいのである。
「どうやったら英語がしゃべれるようになるの?」
とズバリNICKに訊いたところ、
「ひたすらシャドーイングshadowingをすることだね」だって。

BBCだとかCNNのニュースをアナウンサーの声を追いかけるようにして復唱する。
実際、NICKがやって見せてくれたが、たしかに同じようにしゃべっている。
次に何を言うか、予測できるからこその芸当だろう。素人がすぐできるといった
代物ではなさそうだ。

それでも英語には日々接している。中学生の頃からなぜか英語が好きなのだ。
寝る前には必ず英文を音読しているし、わからない単語や熟語が出てきたら、
すぐ電子辞書を引く。電子辞書は便利だ。指にツバをつけながら紙の辞書を
めくっていたら日が暮れちゃうが、電子辞書ならものの数秒で答えが出る。
わからない単語が出てきたら、日本語でも外国語でもすぐ辞書を引く、
というのがボクと女房の長年の習性。二人とも文筆業のはしくれなので、
語彙の多寡はそのまま商売にひびく。で、自然と辞書に慣れ親しんできたのである。

留学生を預かっているときは、
「わが家ではJapanese onlyだからな」
と、半ば英語を封印させているが、いきなり日本語がしゃべれるわけはないので、
そこはそこ、英語と日本語のチャンポンというかっこうになる。留学生のほとんどは
英語を母国語にしていない。それでも流暢にしゃべるのは、一所懸命学習したから
だろう。どこの国の高校生も、ほとんど例外なく、みごとな英語をあやつる。

日本人は小学校から大学まで10年以上も英語を学んでいるが、
それだけで流暢にしゃべれるようになる者はほとんどいない。
その原因はいろいろあるだろうが、身近に外国人がいないというのが大きい。
それと、英語を使わなくてもたいがいの用が足りてしまうというのもある。
それは日本人にとって大変幸せなことなのだが、そのことはまず措く。

自分の英語力がどの程度のものか、それを測る手っとり早い方法は
外国人と暮らしてみることだ。短期でいいから、留学生を家に預かるのである。
娘二人が高校生の時にイタリアとアメリカに留学した、という話は何度もしているが、
朝から晩まで外国語漬けにしてしまえば、よほどのバカでない限りしゃべれるように
なる。現にわが家の〝豚児〟たちでさえ英語やイタリア語を流暢にしゃべる。

娘たちの留学のおかげで、留学時の同級生たちがしばしば遊びに来る。
今年も去年に続いて長女の同級生・エンリカとヴィクトルがイタリアからやってくる。
また次女は次女で、連休中にアメリカ留学時の同級生とタイはバンコクで再会した。
外国語ができると、地球がずいぶん狭くなる。

留学生と日々接していると、だんだん〝ガイジン〟という感覚がなくなってくる。
見た目は紅毛碧眼で、同じ人類ではないような気がしたものだが、慣れてくると
金髪美人だってクソもするしオナラもする、ということがわかる(←当たり前だ!)。
こうなるとしめたもので、俗に云う〝ガイジン恐怖症〟なるものがみごとに消える。

英語だって相手に通じさえすればいいのだから、文法的にはハチャメチャでも、
そんなことは気にすまい、とるに足らないつまらないことだ、とやたら図々しく
なる。図々しくなれば、ブロークンな英語をどんどんしゃべるようになる。
それが通じると、ますます図に乗ってしゃべる。結果、英語がどんどんうまくなる。

ボクはまだそのレベルまでいっていないが、図々しくなったことだけはたしかで、
支那人と韓国人以外の)〝ガイジン〟がそばにいると、よく声をかける。
まずは日本語で話しかけ、日本語が苦手そうだったら、「しかたがねえなあ……」
とばかりに英語に切り替える。ここは日本なのだから、ムリして英語で話しかける
必要はないし、英語で尋ねられうまく答えられなくても恥じ入ることなどない。

ボクがなぜ英語をしゃべりたいかというと、
英語で議論をしたいからだ。英語はいまや実質的な世界共通語。
「英語=エスペラント語」であれば、どうあっても身につけたい。
身につけてどうする? アメリカ人や支那人、コリアンたちを相手に、
歴史問題でも何でもいい、正々堂々とdebateで渡り合いたいからである。
日本語なら完膚無きまでへこませてやれるのに、英語ではそれができない。
そのことが何よりもどかしく、ボクの気持ちを限りなく落ち込ませる。

「……戦争を一刻も早く終わらせるため。広島・長崎への原爆投下はアメリカの
若者の命を救うためだけではなく日本人の命を救うためでもあったのよ」
などとアメリカ人は口を揃える。無辜の民を数十万人も虐殺したというのに、
恩着せがましくも、そう強弁するのだ。

オバマ大統領が伊勢志摩サミットの後に広島を訪れるという。
何をいまさら、とは言うまい。
謝罪の言葉も期待すまい。
外交とは非情なもので、歴史はなべて残酷だ。

アメリカは米西戦争に勝ち、スペインからフィリピンを奪い植民地にした際、
抵抗したフィリピン人20万人(ほとんど軍人の家族です)を皆殺しにした。
そのことへの謝罪の言葉はまだない。

オランダは400年もの間、苛斂誅求でインドネシアを絞り上げ、
そのおかげで豊かさを享受したのに、独立戦争に負け、
インドネシアから撤退するときには、
「おれたちが町をつくり、運河をつくってやったんだ」
などと恩に着せ、あろうことか賠償金60億㌦を請求している。
白人どもの面の皮はこれほどまでに厚い。

ボクの白人嫌いは、概ね歴史から発しているもので、
けっこう根が深い。
ガイジンはきらいだけど、とりあえず優しく接してやる(支那人と韓国人以外は
――それがボクの変わらぬポリシーだ。


←こんな愛すべきバカ外人もいる。
というか、こんなのばかり。以前、
「何でもいいから漢字を書いてほしい」
と見知らぬガイジンにたのまれたので、
親切なボクは「便所」と書いてやった。
意味はmeditation(瞑想)だよ、
と言い添えたら、彼はとても喜んでいた。
おれもつくづく人が悪いな(笑)。













2016年5月4日水曜日

結婚記念日は憲法記念日

昨日は憲法記念日だった。
それと同時に、めでたくも甥っ子の結婚式が虎ノ門の霞山会館で執りおこなわれた。
親族紹介があるから10:30までに式場に来てくれ、というので
朝から夫婦で大忙しだった。

まず和光市駅から副都心線で新宿3丁目まで行き、そこで丸ノ内線に乗り換え赤坂見附へ。
さらに銀座線に乗り換え虎ノ門駅まで行き、徒歩1分でめざす会場に。
その間、およそ40分強。車内では「日本国憲法」をざっと読み返しておいた。
電車内で無粋な「憲法」を精読玩味している人間などそうはおるまい。

巷間、相変わらず護憲派と改憲派の議論がかまびすしい。
が、ギャーギャー騒いでいる連中に限って、肝心の憲法全文を読んでいない。
あんなもの20分もあれば1条から103条まで読み切れるのだから、
通勤・通学電車の中でさっさと読んでしまえばいいものを、それもしない。
するのは、バカのひとつ覚えのように「平和憲法を守れ!」「戦争法制反対!」
などと叫ぶだけだ。

憲法改正は9条のためだけにあるのではない。
戦後70年、世界の情勢は時々刻々と変わってきている。
その変化に現行憲法は追いつかず、いろんな齟齬をきたし、
きしみを生じさせている。苦しまぎれの拡大解釈や解釈改憲では
とうてい追っつかなくなってきているのである。

2013年のデータだが、諸外国では憲法改正が頻繁に起こっている。
なぜか? 世界標準に自国憲法を合わせるためだ。
ドイツ59回、フランス27回、イタリア16回、アメリカ6回、日本0回……
日本ではなぜか憲法9条だけが神格化され、憲法そのものが
神聖にして犯すべからざる「不磨の大典」と化している。

福田恆存は『日本への遺言』のなかでこう言っている。
《現行憲法に権威がない原因のひとつは、その〝悪文〟にあります。
悪文というよりは死文というべく、そこには起草者の、いや翻訳者の
心も表情も感じられない…(略)…こんなものを信じたり、
ありがたがったりする人は、左右を問わず信じられない

さらに、
《これは明らかに押しつけられてしかたなく作った憲法です。
いかにもふがいないとは思いますが、当時の実情を考えれば
情状酌量できないことではない…(略)…今のままでは自国の憲法に対して、
人前には連れて出られないメカケのような処遇しかできません。もっとも、
それを平和憲法として誇っている人もたくさんおりますけれど、
それはその人たちがメカケ根性を持ち、事実、メカケの生活をしている
からに他なりません》
そういえば、社民党の前身である旧社会党や共産党はソ連などからの
支援をしっかり受けていたものね。

そんなこんなをつらつら想いながら電車に揺られていたら、
あっという間に式場に着いた。霞ヶ関コモンゲート西館の37階。
窓からは皇居や国会議事堂が一望できた。まさに絶景である。
ボクはさっそく姉夫婦にお祝いを述べ、兄弟たちとも久闊を叙した。

甥の結婚式は気持ちのいい式だった。
中国料理の料理人である甥っ子は相撲取りみたいな巨体で一見恐そうだが、
根は心やさしき好漢である。新婦も気立てのよさそうなお嬢さんだった。
この二人ならよき家庭を築いてくれるだろう。

結婚記念日は憲法記念日
のんびり屋の甥っ子でも、生涯忘れることはないだろう。

※追記
日本国憲法はアメリカがフィリピンを植民地にしていたときの憲法を
そのままコピーしたもので、第一条の「天皇」の項を除けばほとんど
そっくりと云われています。それがいわゆるマッカーサー草案
(日本国憲法草案)なのです。フィリピン国民と日本国民が未来永劫、
アメリカには決して刃向かわない、骨なし民族でい続ける、
ということを約束させられた憲法なのです。メカケ根性のある人間にとっては
こんなありがたい憲法はありません。




←霞山会館の窓から眺めた風景。
右に皇居を遠望し、左に国会議事堂が
見える。東京の真ん中に緑あふれる
皇居があることで、どんなに救われているか。