2011年4月25日月曜日

政治は賤業?

和光市議選が終わった。
応援していた候補は全員当選し、
落選してほしかった候補もみごと当選した。
選挙はやはり水ものだ。

ボクは下は村会議員から上は国会議員まで、
政治家(屋?)と名のつく種族は、どうにも虫が好かない。
敬愛する文芸評論家・福田恆存はこう言った。
政治などという「賤業」は政治家という
「賤民」にまかせておけ》と。
この発言はちょっと激越すぎるかもしれないが、
あながち的外れとはいえない。

一方、山本夏彦は「浮世のことは笑うよりほかない」
と冷めていた。どんな権威主義的なものに対しても、
それを茶にして笑い飛ばしてしまう勁直な精神。

夏彦翁の寸鉄人を殺すアフォリズムは、
どれも老荘的な虚無主義が通奏低音をなしている。
ニヒリズムは価値の相対化を生み、
複眼的な生き方を可能にさせてくれる。

たとえばこんな具合に……
骸骨やこれも美人のなれの果て
よい男貧乏神の氏子なり←しみじみ
あの声でトカゲ食らうかホトトギス
美しい顔で楊貴妃豚を食い

簡単に言ってしまえば、絶世の美女があられもない姿で言い寄ってきても、
哀れ骸骨に成りはてた姿や、豚足に喰らいつき
蹄をチュパチュパやっているあさましき姿を思い浮かべれば、
不必要にドギマギすることもないってことだ。←ホントかよ?

さて市議選だが、「本人」という幟を立て自転車で走り回る候補者たちがいる
支援者のほうが立派に見え(ウンウン、たしかに)、本人と勘違いされても
困るというので考え出された苦肉の策なのだろうが、なんだかマンガみたいで、
張り切れば張りきるほどバカ・マヌケに見える、というのが悲しい。

聞けば、「本人」と大書きした幟やタスキは最近の流行らしい。
この軽忽な格好で市内をくまなく回る古典的ともいえるドブ板戦術。
手がハレあがるくらい握手をし、ひんしゅくを買うほど名前を連呼し、
腰が曲がるほどペコペコすれば、まずは当選ラインまで手が届く、
というのだから日本の選挙なんてちょろいものだ。
俺だって、も少し厚顔無恥の野心家だったら立候補したものを。

政策? そんなもん、知らんがな……だれも聞いちょらんし。
政治は気合いぞなもし。




←マヌケな幟を立て演説する候補者







嗚呼! センセイと呼ばれるほどの馬鹿はなし、ってか。






2011年4月21日木曜日

引き揚げ船とオムツ

来る24日に行われる市議選のポスターを見ていたら、
〝防災・危機管理のプロ 自衛隊出身
と大書きした候補者がいた。これには正直おどろいた。
かつて自衛隊出身者はその経歴をひた隠しにしたものなのに、
いまは堂々と謳い、そのことを逆に売り物にしている。
3.11を境にして、大きく何かが変わったのだ。

昭和32年、自衛隊の創設者でもある時の総理大臣・吉田茂は、
防大第一期卒業生を前に、次のような訓示を垂れた。

《君たちは在職中、決して国民から感謝されたり歓迎されたり
することなく終わるかもしれない。批難とか誹謗ばかりの一生
になるかもしれない。しかし、自衛隊が国民から歓迎され、
ちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡のときとか、
災害派遣のときとか、国民が困窮し国家が混乱に直面しているとき
だけなのだ。換言すれば、君たちが〝日蔭者〟扱いされている
ときのほうが国民や日本は幸せなのだ……耐えてくれ、諸君!》

何とすばらしい訓示だろう。いまの菅総理にこれだけのこと
が言えるか。いや、言えやしまい。先の自衛隊観閲式に参列
してみて、最高司令官の菅総理が、閲兵の際に自衛官に尻を向け、
観客に向かって手を振っていたことをいまでもよく憶えている。
菅は自衛隊がきらいなのだ。

文化人類学者の梅棹忠夫は、大陸からの引き揚げ船の中で、
翩翻とひるがえる赤ん坊の真白きオムツを見て、
「日本は大丈夫だ」と確信したという。

東日本大震災で財産のすべてを失っても、命あることを喜び、
生き残ったもの同士で明るく談笑している被災者たちの姿を見ると、
引き揚げ船上にひるがえっていたという満艦飾のオムツとダブって見える。
不謹慎な言い方かもしれないが、一種の爽やかささえ感じるのだ。

日本民族のたくましさを、
まざまざと見る思いがする。


2011年4月19日火曜日

故郷ってやつはよォ……

全国市町村平均所得ランキング(2006年度)によると、
1位は東京・港区で2位が東京・千代田区、兵庫・芦屋が5位
で、埼玉県では58位でようやくさいたま市が顔を出す。
ぐっと下がってわが和光市は71位。それでも県内では
さいたま市に次ぐ第2位だという。

なんだか金持ちになったような錯覚におそわれたが、
よくよく計算してみれば、港区住民の平均所得のおよそ
4割にも満たなかった。情けないやら腹立たしいやら。

ボクの住む1600世帯の団地住民は、ほとんど〝埼玉都民〟で、
職場は東京都心である。隣人たちは一部上場会社に勤める
エリートサラリーマンか、医者、弁護士、大学教授、それに
高級官僚の天下りといった高額所得者ばかり。
ボクみたいな下流の低額所得者は、むしろ例外的存在だ。

住めば都というが、和光市に越してきて、はや四半世紀。
二人の娘たちにとっては、かけがえのない故郷でもある。

故郷といえばシリーズ6作目の
『男はつらいよ 純情篇』の最後の名場面を思い出す。
ところは京成・柴又駅のプラットホーム。
 
  「こ、故郷ってやつはよォ……」
  さくら「うん?」
  「故郷ってやつはよォ……」
  (寅の乗った電車のドアが閉まり走り出す
  さくら「え? なに? なんていったの?」
  (去っていく電車の中で何かしきりに言い続ける寅……

寅さんが何て言ったのか、その続きが知りたくて、
隣の棟に住む宮崎晃さんを訪ねたら、
あいにく来客中できけずじまいだった。
宮崎さんはアニメ『ペリーヌ物語』などの脚本を手がけた映画監督兼脚本家で、
『男はつらいよ』シリーズも6作目までは山田洋次と彼との共作だ。

「故郷ってやつはよォ、故郷ってやつはよォ……」
そのあとの台詞は、書いた当人に訊くより、
各人が勝手に想像して楽しんだほうがいいかもね。
だって、いかにもヤボな質問なんだもの。
やめとくか……でも、やっぱり訊いてみたい。


←妹さくらに見送られ、
故郷柴又に別れを告げる寅さん

2011年4月17日日曜日

こいつぁ春から……

ボクは浪花節的人間なんだとつくづく思う。
ドライでクールだなんてとんでもない。
大変な泣き虫であることもよ~くわかった。

3.11以来、泣いてばかりいる、という話をしたが、
単なる老化現象とばかりはいえない。

たとえば、かつてはモダンジャズしか聴かなかったのに、
最近は演歌ばかり聴き、美空ひばりの『津軽のふるさと』
はいいぞ、などと周囲に吹聴してまわっている。

聴くと必ず涙ぐんでしまう歌がある。
岸壁の母……これはもうだめ。二葉百合子が舞台の袖に
出てきただけで、もう泣いてる。

帰らんちゃよか……島津亜矢が心をこめて歌い上げた会心の作。
これを聴いて泣かないヤツは人間じゃない。

ふるさと……拉致被害者の会が支援者たちと必ず歌うのがこの
小学唱歌。ボクも日比谷公会堂へ支援に駆けつけたときに歌ったが、
会場は涙でぐしょぐしょだった。

二番の歌詞は、
♪ いかにいます父母 つつがなしや友垣
  雨に風につけても 思い出ずるふるさと

ともがきは互いに手を携えた子どもたちを垣にたとえた床しい言葉。
昨日、朝霞の黒目川の土手を散策しながら、
いかにいます父母、と歌った途端にどっと涙があふれてきてしまった。

こんなうすらみっともない姿を見たら、全国の女性ファンは
ガッカリするだろうな。←勝手に言ってろ
お嬢吉三じゃないけれど、こいつぁ春から縁起がわるいわぇ

2011年4月13日水曜日

いきてるといいね

3.11以降、涙腺がゆるみっぱなしで、始末に困っている。
新聞の被災ドキュメントを読んではもらい泣きし、
テレビでは、いっぺんに家族5人を失ったという老漁師の、
気丈に嗚咽をこらえている姿を見ては涙ぐんでいる。

岩手県宮古市の昆愛海(こん・まなみ)ちゃん(4)が、
行方不明のママに手紙を書くという。
『ままへ いきてるといいね おげんぎ(原文ママ)ですか……』
と、ここまで書いて疲れてしまったのだろう、
すやすやと寝入ってしまった。
その無邪気で愛くるしい姿が紙面に載っていたが、
このときも、熱いものがこみ上げてきて、
とうとうその先まで読み進められなかった。

元来、〝こわもてクール〟をキャッチフレーズにしてきた
つもりなのに、なんという不覚悟。

そして追い打ちをかけるかのように、母の入院と痴呆の発症。
肉体の衰弱ならまだいい。しかし精神の脱落となると、言葉がない。

母が壊れてしまった日の夜、遠いむかしの、
まだ若くて、元気できれいだった頃の母のことを想い、
蒲団の中で泣いた。


愛海ちゃんのママ、
いきてるといいね。

生きていてほしいね……。

2011年4月9日土曜日

鰹節と浪花節

作家で株の神様でもある邱永漢さんに会ったとき、
日本独自だと思っているものでも、源流を辿ると
中国に行き着くものは多い、という話になった。
邱さん、いたずらっ子みたいな顔してこう言ったもんだ。
「そうね、大半は中国から来たものでしょうね。日本に
昔からあるものといったら鰹節と浪花節くらいなものよ」

似たような話を何かの本で読んだことがあるから、
この冗談とも本音ともつかない笑い話は、
たぶん邱さんの十八番なのだろう。

邱さんが冗談交じりにお国自慢をしても笑い飛ばせるが、
中国のお偉いさんらに「中国四千年の歴史」
などと大まじめに自慢されると、ちょいとばかりカチンとくる。

「べら棒め、なにが四千年だ。おまえらの文明なんぞ
四千年前にとっくに滅びとるわい。残ったのはカスじゃろ。
そのカスに何兆円もの0DAを注ぎ込んで、まともな国に
してやったのはどこの国だと思うとるんじゃい、このボケ!」

ちょっとお下品になってしもうたが、これが偽らざるボクの本音。
易姓革命の国なんぞに歴史の連続性があってたまるか。

日本が兆の単位の資金援助をしてきたことなど、もちろん中国人は
知らされていない。みんな自分たちの力でやったと思うとる。

日本人は「陰徳」好きで、善行を施してもあからさまには言わない。
それが日本人の良さでもあるのだが、こうした美学は外国、とりわけ
中国人にはまったく通用しないし、理解されない。

だから、「この橋は日本が造りました」「この製鉄所も日本の援助です」
「いや、空港も高速道も実はみ~んな日本の0DAで造ったんです」と、
日本の政治家は厚かましいくらいに言い続けなくてはいけない。
だって日本国民の税金なんだもの。恩に着せるくらい言ってやれよ。

こっちが施してる側なのに、幇間(たいこもち)の小沢一郎は、
600人(うち政治家は150人)の〝大朝貢団〟を組織して、
中国皇帝の面前で平蜘蛛のようにひれ伏した。

〝胡錦涛皇帝〟と握手して選挙用の写真を撮らせた、
小沢チルドレンと呼ばれるこのハレンチな陣笠議員たちには、
日本人の誇りなどこれっぽっちもありはしない。

なんてったって、おれたちゃ鰹節と浪花節だけで
経済大国にまでのぼりつめたんだ。
それだけでもすでに大威張りではないか。
史上空前の国難だと? 
そんなもん、なんぼのもんじゃい。

餓狼のような中国と韓国、そしてロシア。
善人面して支援を申し出たと思ったら、
火事場ドロボーみたいに、尖閣や竹島周辺で
なにやらキナ臭い動きを示してる。
おいらの庭先でコソ泥みたいなマネをするんじゃないよ!



2011年4月6日水曜日

浮生夢のごとし

民間調査機関によるアンケート結果では、
関東周辺の「住んでみたい街」ベスト①が吉祥寺、
「子育てしやすい街」のベスト①が新浦安だった。

海に近い新浦安駅周辺は、千葉では「住んでみたい街」
ベスト①の人気エリアでもあった。高層の億ションが建ち並び、
緑豊かな街並みもオシャレ。浦安マダムは〝マリナーゼ〟
などと呼ばれ、憧れの的だったという。

が、あの震災で一変。液状化現象で、電柱は倒れ、
住宅は傾き、車は砂に埋もれた。そしていま、
断水だけでなくガスも下水道も使えず、
マリナーゼたちは糞便をビニール袋に入れ、
暮夜こっそりゴミ置き場に捨てているという。
復旧のメドはまったく立っていない。

震災によって埋め立て地の弱点がすっかり露呈。
不動産価格は暴落の一途をたどっている。
華やかな注目を集めたウォーターフロント地区は、
これで一気に寂れていってしまうのか。

まさに一朝にして天国から地獄へ逆落としだ。

一方、階段から逆落としになり、鎖骨を折って入院中の
老母(88)を昨日見舞った。ちょうど就寝中だったが、
目を醒ました母に「どう? 具合は?」と優しく尋ねたら、
「どなた様ですか?」と言われた。
母も一朝にして壊れていた。


2011年4月5日火曜日

善い人悪い人

正義をまとった言葉が飛びかっている。

正義が破壊的暴力思想であることは、
文革時に吹き荒れた「造反有理」の正義を
思い起こせば足りる。あの文革で、無辜の
民2000~3000万の命が奪われた。

荷風が『監獄署の裏』という小品の中で、
こんなことを書いている。
《新聞記者になろうか、いや私はことによったら
盗賊にはなっても、まだ正義と人道を商品に
するほどの悪徳には馴れていない》

義援金を送る人は善い人。
節電をする人は善い人。
自粛する人は善い人。
これらに反する人は悪い人。
何にもしない人は悪い人。

善玉と悪玉とを単純に分ける俗論がまかり通っている。
そしてそれを新聞などマスコミの多くが支持している。
新聞ジャーナリズムは昔からこの種の
道徳的センチメンタリズムが大好きなのだ。


そしてこの正義にまっ先に同調するのが
愛国婦人会や隣組の組長さんの〝子孫〟たちだ。
錦の御旗をふりあげて、なんともまあ、
かまびすしいこと。

たとえ肉体は売っても
正義だけは売るな、と古人は言った。

2011年4月4日月曜日

兵隊さんのおかげです

どこかの国の教科書には、こんな設問があるという。
「日本兵が5人いました。将軍様が日本兵を3人殺しました。
あと何人残っているでしょう?」
なんともえげつない教科書ではないか。

  ♪肩を並べて兄さんと 今日も学校へ行けるのは
   兵隊さんのおかげです お国のために
   お国のために戦った 兵隊さんのおかげです

   淋しいけれど母様と 今日もまどかに眠るのは
   兵隊さんのおかげです お国のために
   お国のために戦死した 兵隊さんのおかげです
   兵隊さんよありがとう 兵隊さんよありがとう

上記の『兵隊さんのおかげです』は、
朝日新聞社が「皇軍将士に感謝の歌」として公募したものだ。
その朝日が戦後になると豹変し、兵隊さんを指さしては、
「税金ドロボー」と呼んで蔑んだ。

そして今度の東日本大震災での朝日の記事。
自衛隊の「自」の字も出さず、出たと思ったら、
東電社員とおぼしき人の書いた文章を借りて、
「自衛隊は助けにきてくれない!」

おまけにボランティア担当の首相補佐官・辻元清美は、
忘れもしない阪神淡路大震災の折に
「自衛隊は違憲。自衛隊から食料をもらってはいけません」
と被災地でビラをまき、ひんしゅくを買った張本人ときた。
(産経新聞3/16)

自衛隊も警察も消防も、みんなほんとうによく頑張っている。
左翼と呼ばれる連中は、不眠不休で頑張る彼らに対し、
なぜ素直に感謝の気持ちを表せないのか。

この国を滅亡に導く民主党、社民党、共産党。
そして腐れ左翼が牛耳る朝日、毎日の両新聞とNHK。
そんなにこの国がきらいなら、
とっとと出ていけばいいのだ(誰も引きとめないよ)。
百貫デブの将軍様が待ってるよ。