『週刊新潮』にはかつて「夏彦の写真コラム」という人気連載があった。
《婦人とマジメ人間の正義は正義ではない》
《男が助平なら、女も助平に決まっている》
《年寄りのバカほどバカなものはない》
《わが国の悪口を言っている教科書なら、それは悪いにきまっている》
ボクが師匠と仰ぐ山本夏彦が逝って早や9年。
ボクにとって夏彦翁のコラム・アフォリズムは
キリスト教徒における聖書、イスラム教徒における
夏彦は二度、自殺未遂の前科がある。16と18の時で、
以後、ツキモノが落ちた。
有用より無用、賢より愚、働くよりボンヤリしていたほうがいい、
《婦人とマジメ人間の正義は正義ではない》
《男が助平なら、女も助平に決まっている》
《年寄りのバカほどバカなものはない》
《わが国の悪口を言っている教科書なら、それは悪いにきまっている》
ボクが師匠と仰ぐ山本夏彦が逝って早や9年。
ボクにとって夏彦翁のコラム・アフォリズムは
キリスト教徒における聖書、イスラム教徒における
コーラン以上のもので、これほど含蓄があり、
人間通になるための示唆に富んだ書物は当代無比だろう、
と今でも思っている。
夏彦は二度、自殺未遂の前科がある。16と18の時で、
カルモチンという睡眠薬の一種を大量に服用した。
二度目の未遂時にはスイスの雪山の中でそれをやり、
凍死を図った。が、幸か不幸か救い出され、以後、ツキモノが落ちた。
夏彦が老荘思想に惹かれたのは自殺未遂と無縁ではない。
老荘思想は「無為自然」「小国寡民」を理想としている。有用より無用、賢より愚、働くよりボンヤリしていたほうがいい、
と説き、所詮人間なんて樗櫟(ちょれき)散木(何の役にも立たないもの)
なのだから、余計なことをするより温和しくしていたほうがいいと、
近頃の怠惰な〝ひきこもり〟人間たちが糠喜びしそうなことを言っている。
老荘思想は世捨て人的なイメージが強く、怠惰哲学の色彩が濃いけれど、
知足安分――すなわち、足るを知って分に安んずる精神は、
現代にも通ずるものがあるだろう。
夏彦は生きている人と死んだ人を区別しなかった。
ボクも読書尚友に目覚め、友だちは死んだ人に限る、
と考えているつむじ曲がり人間だから、
夏彦が死んでしまっても、さほど痛痒を感じない。
読書というのは元来そうしたもので、作者の生死は関係ないのである。
ましてや新人作家の100冊より、
死んだ夏彦の1冊のほうがどれほどありがたいか。
夏彦の最高傑作は? と問われれば、ただちに答えよう。
『完本 文語文』が第一だと。