2015年9月29日火曜日

ハレンチ韓はきらいです

81歳になる叔母は「韓ドラ」が大好き。足腰が弱り、部屋に閉じこもりがちな
叔母にとって唯一の楽しみといってもいい。韓国と韓ドラが大きらいなボクは、
「叔母さん、そんなもの見るの、おやめなさいな」
と言ってやりたいのだが、それこそ大きなお世話で、そんなことを言ったら、
叔母のささやかな生きがいを奪ってしまうことになる。

叔母は親戚じゅうで一番の美形と呼ばれた女性で、いまなおその美貌をわずかに
とどめている。韓国に生まれたなら、さぞかし引く手あまただっただろうと想像されるが、
それはあくまで「若い」という条件付きの話で、年を取ったとなると話は別だ。
韓国という国は役立たずの年寄りや身体障害者に対してやけに冷たいのである。

拓殖大学教授で作家の呉善花は、先般、韓国に滞在中、見知らぬ男から、
あなたはなんでそんなにブスなの?
ずけりと言われたらしい。
彼女曰わく、韓国は世界一の「いじめ大国」で、自分より〝低い〟人間に
対してはいじめがひどいのだという。

以前、ブログの中で「病身舞」のことを取りあげた。酒席で身障者をマネた踊りを
披露し、みなで笑いころげるという趣向である。評論家の加瀬英明は、
「韓国に行ってビックリしたのは、目が不自由な方に後ろから石を投げるんです」
などと報告している。聞けば、しばしば身体障害者に対して露骨にツバを吐く行為が
目撃されるという。不浄なものを追い払う行為なのだという。

韓国人は整形好きだ。なぜ整形が好きなのか。それは左右の目の大きさが
違っていたり、目と口と鼻のバランスが悪かったりすると、「ある種の身障者」に
見られてしまうからだ。儒教の影響なのか「左右対称が美しい」という奇妙な
美意識に凝り固まっていて、左右が非対称な顔を見ると、寄ってたかっていじめる。
根強い男尊女卑の伝統もあるが、韓国人の男などは、大半が不細工なくせに、
自分のことは棚に上げ、醜女を徹底的に蔑みいびるのである。

韓国は世界一の売春婦輸出国で、日本には5万人、アメリカには3万人、
オーストラリアにも数万単位の売春婦がいる。呉教授の話では、
「ロサンゼルスにいる売春婦のほぼ90%は韓国系」
なのだそうだ。表面的にはコリアン・マッサージとして営業しているのだが、
裏に回るとしっかり春をひさいでいる。新手の売春法なので、アメリカの警察も
ビックリ仰天しているらしい。売春に関しては韓国はウルトラ先進国なのである。

それくらい買売春に対して罪の意識をもたない韓国人が、日本に対しては
従軍慰安婦問題で極悪非道、人非人のごとく非を鳴らす。ベトナム戦争時に
数万人の私生児を現地にこさえたくせに、よくまあそんなことが言えるなあ。
もっと昔には、モンゴルに攻め込まれた時、数十万人の女性を草原の地に
連れて行かれた。また李氏朝鮮時代には毎年、数百人のうら若き女性を
清朝に貢いでいた。「千年の〝恨(ハン)〟」を言うなら、日本に文句を言う前に
まず支那やモンゴルに文句を言いなさいよ。それが筋ってもんだろ!

韓国・朝鮮人には、根強い〝侮日観〟があって、日本人と肌身を合わせるとか、
血が混ざったりすると、大変な屈辱感におそわれるらしい。こっちだって元は
どブスの整形女なんかと交わりたくねえや、と言ってやりたくなるが、
こうした考えもまた根強い儒教的な〝華夷秩序〟から来ている。
支那を中心として、そこから遠ざかるほど野蛮、という考え方である。
日本は東の海の果てにある蛮族の国。その遅れた東夷・ニッポンに
高度に文明化されていた(ホントかよ?)朝鮮が36年間も支配されてしまった――
この倒錯した屈辱感が今でも半島全土を蔽っている。

そんな韓国人の悲しい心性を知ってか知らずか、叔母は今日もまた韓ドラの整形男や
整形女を見て、随喜の涙を流している。早く目を醒ましてくださいよ、叔母さま。





←韓国文化の恥部とされる「病身舞」

2015年9月21日月曜日

筋肉おじさんと哲学少年

おじさんはみな、いわゆる「おじさんズボン」をはいている。
上はチェックのポロシャツで下はダボッとしたチノパン。
それで決まってシャツはズボンにinしてる。

ボクはおじさんズボンははかない。
夏場はTシャツにショートパンツ。晩秋あたりからボタンダウンのカジュアルシャツか
長袖Tシャツ、そしてジーンズという組み合わせになる。これらほとんどがユニクロで、
ユニクロは創業以来の熱烈ファン。Tシャツにしろジーンズにしろ、肌ざわりや伸縮性
が抜群にいいのだ。トマス(居候)の着ているヨレヨレのそれに比べると、
質の高さが群を抜いている。

「お義父さんの世代でタンクトップ着てるというのは珍しいですよね」
娘婿のY君が女房にそっと耳打ちしたという。褒めてんだか貶してんだか
サッパリわかりませんが、たしかに団地内でタンクトップを着ているおっさんは
かなり少数派だ。元アメフト選手のY君は図体がでかいこともあってか、
大変な汗っかき。ボクも汗っかきでは人後に落ちず、酷暑の夏を過ごすには
タンクトップは欠かせない。

精神の若さは必ず外見にも反映する。
いわゆる〝おじさんファッション〟がいやなのは、
そこにピンと張りつめた緊張感がないからだ。
ボクは体育会系の人間なので、ヒマさえあれば身体を鍛えている。
ブヨブヨのお腹に細い腕では、いざとなった時に闘えない。

去年、深夜に騒ぐ若者に天誅を加えたことで警察沙汰になった。
検察まで送られ、運良く不起訴にはなったが、いつまたこんな事件に巻き込まれるか
わからない。所詮この世は「常在戦場」。身に降りかかる火の粉は自分で払わなくては
ならない。そんな時のために、日頃から闘える身体をキープしているわけで、
筋力トレーニングに腹筋、背筋、そして体幹の鍛錬は必須なのだ。

ボクは子供の頃からジーンズ派で、死ぬまでジーンズで過ごそうと思っている。
特に〝ファッション〟にこだわっているわけではない。むしろ関心がないと言っていい。
ただ自分に似合いそうなものを身につけている。また、オール・ユニクロ製だから、
コスト的に見ても相当安く上がっている。

話が変わるが、19日、ラグビーW杯初戦で、日本代表(世界ランキング13位)が
過去2回の優勝経験をもつ南アフリカ(同3位)に34対32で逆転勝ちした。
ボクは後半10分過ぎからの試合をテレビ観戦していたのだが、残り時間
が数秒というところで逆転トライした時は、思わず飛び上がって、
「ヤッターッ!」
と叫んでしまった。現地(英国ブライトン)で観戦していた日本人の中には、
涙を流していたものもあったが、ボクも胸に熱いものがこみあげてきて、
思わず、
「トマース! 日本は勝ったぞォ! ウォー、ついにヤッターッ!」
と叫んでしまった。自室から飛び出てきたトマスは、すでにケダモノ化している
〝父ちゃん〟を見て目を白黒。テレビ画面を見て事情がわかったのか、
冷ややかな目で一瞥しニヤリと笑った。

トマスは「スポーツは苦手。好きなのは〝哲学〟」なんて言ってるくらいだから、
サッカーにもラグビーにも関心がない。
「哲学って、いったい誰を読んだんだよ」
と、いくぶんからかい気味に訊いたら、
ハイデガーが好きです……」
「ハ、ハイデガー…………」
ボクは口あんぐり。学生時代に『存在と時間』に幾度か挑戦したが、
さっぱり理解できなかった。こんな〝ひょうろく玉〟がマルティン・ハイデガーかよ。
唖然茫然……

筋肉マッチョの右傾化おじさんと、チェコの哲学少年。
この2人が川越を散策してきた。連休の日曜なのでどこも人・人・人の波だ。
おじさんはラグビー初戦のことで頭がいっぱいだったので、
もう見飽きた蔵造りの街(←生まれ故郷だもの)を適当に見物したあと、
「トマスちゃん、そろそろ帰ろうかねェ?」
猫なで声でそう言うと、少年は黙ってコックリ。
ビュンビュン飛ばす帰りの車の中では助手席でスヤスヤとお眠り遊ばしていた。
きっとトマスの夢路は〝哲学の道〟を辿っていたに違いない(プッ)。



←川越「喜多院」にて、グラサン姿の哲学少年。
ボクにはただのすけこましのアンちゃんに見える



2015年9月16日水曜日

〝サヨク〟のおつむはお猿並み

昨日の夕方は、『歴史通』編集長の立林昭彦さんと新しい本の打ち合わせ。
途中で、『WiLL』編集長の花田紀凱かずよし)さんもお見かけしたので、
そっとラブレターをお渡しした。つい最近読んだ『「正義」の嘘』が大変面白かったので、
エールを送っておいたのである。両氏はもと『文藝春秋』の名編集長。いまは往年の
生気を失ってしまった文春を離れ、ワック出版を舞台に鋭い論陣を張っている。

打ち合わせが終わると、立林さんが麹町の「汐風」という店に案内してくれた。
船宿割烹と謳っているから魚がうまいのだろう。立林さんは刺身の盛り合わせを
たのみ、まずはヱビスの生で乾杯した。

こぢんまりした店で、そう何人も入れないのだが、次から次へと常連さんが
やってくる。ボクの隣の小座敷には、5~6人のグループが。見れば女優の
藤田弓子もいる。小太りのちっちゃなオバサンである。そうかと思うと、
カウンターで民主党の江田五月がひとり酒を飲んでいる。立林さんは、
完全に無視だ。

「いや実は、つい先だって星陵会館で日露戦争勝利を祝う集まりがあって、
ボクも参加したんです。そしたらいきなり全員起立して国歌斉唱でしょ、
ビックリしちゃって……」
と面白おかしく切り出したら、立林さんは大笑い。
「11月には同じ会場で三島の〝憂国忌〟の集いがありますよ。
村松英子や西尾幹二、堤(堯)さんやヘンリー・ストークスも来ますから、
ぜひ参加してくださいよ。もっとすごいから(笑)」
顔ぶれを聞くと、どんなふうに〝すごい〟のか容易に想像できて、ちょっと怖い(笑)。

ビールのあとは白ワイン、日本酒ととどまるところを知らない。
「〝サヨク〟がいま、安保法制問題で騒いでるけど、どう思います?」
と水を向けると、
「〝サヨク〟はとにかく勉強しないな。カルト宗教みたいに洗脳されちゃうと、
もうずっとそのままって感じで、歴史も学ばなければ現実も見ない。要はバカなんだな
まったく同感。近くで陰気に独酌している江田五月にこの〝天の声〟が届いたかしら。
バカにつける薬はないのだよ。

そうとう酔ったから、もう帰ろうとしたら、立林さんがもう一軒つき合えと言う。
で、タクシーに乗り、ホテルニューオオタニの「バー・カプリ」へ。
二人でモヒートを飲みながら、なおも〝憂国談義〟は続いた。

例によって前後不覚になるくらい酔っぱらって、
肝心の打ち合わせの中身までうろ覚え。
明日18日は安保法案を成立させなくてはならない大事な日だ。
安倍ちゃんにはぜひがんばってもらって、愚かな〝サヨク〟どもを
木っ葉みじんに粉砕してほしい。

←このおっちゃんとおばちゃんたち、
安保法制の意味がほんまに分かってんのかいな。
たぶんサル並みの脳ミソ(お猿さん、ゴメンナサイ)だろうから、
ムリだろうな。左翼政党の〝戦争法案〟という悪宣伝に
まんまとのせられているところが、その証左だ。憲法9条
さえ守っていれば、戦争なんて起きない、と思っている
ところがなんとも悲しい。もしそれほど霊験あらたかなる
条文なら、世界中の国が自国憲法に採り入れますよ。
こういうおめでたい思想を〝平和念力主義〟あるいは
念仏平和主義〟という

2015年9月13日日曜日

トマスの「海を感じる時」

昨日は次女の誕生日を祝う食事会。10日遅れの会だけど、
娘や婿、居候(トマス)も参加するにぎやかな食事会になった。
場所は北青山の「太月」という日本料理店。候補店はいっぱいあったが、
居候に本格的日本料理の醍醐味を味わってもらおうという〝親心〟も
ちょっぴりあって、今回はこの店に決めた。

6人が通されたのは簡素な個室。床の間には〝雪月花〟の掛け軸があり、
どこかで鈴虫が鳴いている。
「リリリリリリ……」
ちょっとうるさい。あるかないかの幽き鳴き声なら風流だろうが、
ずっと鳴きっぱなしだと耳障りになる。

トイレに立ったついでに、店の人にそっと、
「無粋なお願いで申しわけないんですが、虫の音のボリュームを
もう少し下げていただけませんか?」
すると恐縮した体の店の者がそっとあるところを指さすではないか。
そこには小さな虫籠があって、本物の鈴虫がリリリリと鳴いているのである。
なーんだ、ホンモノだったのか……2人は顔を見合わせクスリと笑ってしまった。
個室の引き戸の中にも虫籠があった。栄養がいいのか、
これが実によく鳴くのである。虫を黙らせるのはあきらめることにした。

料理はどれもおいしかった。
トマスも美しい料理の盛りつけに感心した風で、
チェコの母親や妹に伝えたいのか、しきりに写真を撮っていた。

誕生会が終わるとそのまま横浜へ向かった。
横浜レンガ街の近くの「カップヌードルミュージアム」で、
「世界で1つしかない自分だけのカップヌードル」を制作したあとは、
海なし国から来たトマスに待望の海を見せてあげた。

そして夜は中華街でチャイニーズ・キュイジーヌを心ゆくまで堪能。
娘婿のYは元アメフト選手だけに、腕の太さだけでもトマスの3倍くらいはある。
このYがトマスを弟のように思っているのか、食事中などでもやたら〝いじる〟
のである。トマスもいじられることがまんざらイヤでもないらしく、
たのもしい〝アニキ〟のそばで狆コロのようにじゃれついている。

トマスは世界一のビール消費国から来ている。
聞けば、あっちでは18歳以上は飲酒可能で、フランスやイタリア、オランダなど
は16歳から酒が飲める。日本でも飲酒年齢を18歳以上に引き下げようと法制化の
議論がなされたが、つい最近、先延ばしされてしまった。世間的には「まだ早い」
ということか。欧州からの留学生たちはさぞガッカリしたことだろう。
もし酒を飲んだことがバレたらどうなる?
もちろん待っているのは強制送還だ。

娘婿は底なしの酒飲みだから、ボクとは実に相性がいい。
生ビールの次は紹興酒をボトルで頼んだのだが、
あっという間に2人で空けてしまった。
飲んべえの良き婿を選んでくれた。次女には深く感謝している。
N子よ、誕生日おめでとう。Y君と末永く仲良くね。



←日本料理店「太月」の料理。
見た目もしゃれていて、味もいい。
ただ鈴虫が元気よすぎる

2015年9月9日水曜日

噛んでください、思いきり

ボクたち夫婦は結婚披露宴を2度やっている。あんなもの1度で十分なのだが、
なかなか複雑な事情があって、新郎側の親戚を集めた披露宴と新婦側の披露宴を、
それぞれの生まれ故郷(川越と浜松)で厳かにとりおこなったのである。

川越で行われた披露宴は旧い料亭の一室を借り受けた。
ひととおりの儀式を済ませ、宴もたけなわになった頃、
母方の叔父のひとりが、「そろそろ唄でも歌うべえ」と、いきなり立ち上がった。
この秩父に住む叔父は歌が好きで、毎晩のようにカラオケスナックで自慢の喉を
披露している、とは聞いていた。新郎新婦はひな人形みたいに正座したままで、
まだ緊張が解けずにいた。

酒で顔を真っ赤にした叔父は、借りてきた猫みたいに縮こまっている新郎新婦に
一瞥を加えると、すかさずアカペラで歌い出した。バリトンのよく通る声である。

   ♪ くもり ガラスを 手で拭いて   あなた 明日が 見えますか

これって、もしかして大川栄策の『さざんかの宿』じゃないの?

   ♪ 愛しても 愛しても   ああ 他人(ひと)の妻

ねェ叔父さん、ここは結婚披露の場ですよ。よりにもよって不倫の歌ですか……
なんだか妙な気分だったが、叔父の十八番が不倫の歌なんだからしかたがない。

   ♪ ぬいた 指輪の 罪の あと   噛んで ください 思いきり
      燃えたって 燃えたって   ああ 他人(ひと)の妻
      運命(さだめ) 悲しい   冬の 花
      明日は いらない    さざんかの宿

俺たちに明日はないってか? とうとうボニー&クライドにされちまった。 
運命(さだめ)悲しい、といきなり決めつけられてもねェ……いや、まいったな。

叔父は、新郎新婦のことなどそっちのけで、目をつむり恍惚とした表情で歌ってる。
隣の新婦(あの頃は可愛かったニャア)を見ると、下うつむいてモジモジしている。
たぶん、
(こっちの親戚はどいつもこいつもロクなもんじゃないな……)
と思っていたことだろう。たしかにロクなもんじゃない。

そんなロクデナシどもに祝福されたこの夫婦は、
喧嘩しいしいではあるが、なんとかここまで別れずにやってきた。
運命(さだめ)は悲しいものだったかもしれないが、
娘2人を育て、やっとこさっとこ生きてきた。

ボクはさっき、ギターをつま弾きながら、この因縁の『さざんかの宿』を
ひと節歌ってみた。いい歌である。叔父が好きになるのもむべなるかな。
その歌好きの叔父もすでに鬼籍に入っている。やさしい叔父だった。
大酒飲みのとんでもない男だったが、今にして思えば、みなよき思い出だ。

父も母も、叔父も叔母も、ことごとく死んでしまった。
みなひとクセある、気むずかしい人間たちだったが、いまはひどく懐かしい。

ボクも甥っ子や姪っ子の披露宴では、ぜひともこの『さざんかの宿』を歌ってやりたい。
迷惑がられても、ヤジが飛んでも、羽交い締めにされても歌ってやりたい。
この歌は心に残る名曲だ。



←「さざんかの宿」
余計な話だけど、「さざんか」はほんとうは
「さんざか」という名前だった。それが
いつの間にやら「さざんか」になってしまって……
「さんざかの宿」じゃ、なんか色っぽくないもんね

 


2015年9月6日日曜日

左から見ると真ん中も右に見える

昨日、〝ウヨク〟の集いに参加した。
ボク自身はウヨクでも何でもなく、真ん中から右に30度ほど傾いている程度だと
思っているのだが、教育勅語や軍人勅諭を復活させろ、とか憲法を改正しろ、
朝日・毎日新聞をぶっ潰せ、などと、日頃から口酸っぱく訴えているので、
世間的に見れば、ウヨクと呼ばれてもしかたないのかもしれない。
もっとも、何と呼ばれようとまったく気にはしませんが……。

雑誌『WiLL』の花田紀凱(かずよし)編集長は、
「ハナダ、おまえはウヨクか?」と尋ねられ、こう答えたという。
いえ、左から見ると真ん中も右に見えるんです

こういうユーモア感覚は、サヨクの人間にはほとんどない。
ボクもずいぶんサヨクの人間と会い、酒を飲んだが、
総じて暗いタイプが多く、近視眼的で温かい人間性とユーモア精神に欠けている
民主党の岡田党首がその代表だろう。朴念仁を絵に描いたようなあの男と、
酒を飲みたいと思うかね?

ウヨクの集いというのは、「ポーツマス条約」110周年を祝う会で、
日露戦争の歴史的意義をもう一度考えよう、という集まりである。
場所は永田町で、衆議院議員会館の真ん前にある星陵会館だ。

9月5日はポーツマス条約から110周年、日露戦争勝利の日である。
日清・日露の戦役が世界史的に果たした意義は大きく、まずはアジア諸国の
覚醒があった。有色人種は白色人種に500年もの間、虐げられ、搾取され、
奴隷状態に置かれていた。そんな中、日本人が、世界最大の陸軍を持つ
ロシアと戦い、みごと打ち負かす。
「おれたちにできなかったことを日本人がやってくれた!」
この攻守逆転のコペルニクス的転回が、やがてインド独立運動などに結びついていく。

それなのに、現代日本では「大東亜戦争は日本の侵略戦争だった」などとする
自虐史観がまかり通り、あまつさえ日露戦争まで侵略戦争と言い出す始末だ。
GHQの押しつけた「WGIP= War Guilt Information Program」によって、あるいは
その優等生的な推進者・朝日・毎日新聞などによって、いまだに日本人は
自虐的歴史観に苛まれ、いわれなき贖罪意識を持たされ続けているのである。

開演は14:00。全員起立し、日の丸に向かって国歌「君が代」の斉唱だ。
ふつう国歌斉唱などというと、みな小さな声でモゴモゴ歌うか、いっさい
口を開かず黙って突っ立てるか、といったケースが多いのだが、この会は
違う。なんてったって〝ウヨク〟の人たちが会場を埋め尽くしている。
彼らは例外なく腹の底から雄々しく声を出し、荘厳な雰囲気をつくりあげる。

開会の辞は外交評論家の加瀬英明。父親の俊一(としかず)は外交官で、
1945年9月2日、かの戦艦ミズーリ上で行われた降伏文書の調印式で、
重光葵外相のそばに常に付き添っていたのがこの俊一である。
加瀬は言う。
日本は戦闘には負けたけど、戦争には負けてない
なぜなら、アジア・アフリカから白人たちを追っ払い、独立を果たさせたからだ、と。

今年2月、若くして亡くなったアフガニスタンの駐日大使・ハロン・アミンは、
かつて「日露戦争勝利100周年を祝う青年の集い」に参席し、
こうスピーチした。
「我われアジア人は、どれだけ日本の勝利に勇気づけられたか……しかし、
いまの日本人はそうした輝かしい歴史を知らず、いわゆる自虐史観に
とらわれている。愚かなことです。日本人は武士道を忘れてはなりません

その言やよし。
ボクなんかわが家の居候の留学生にまで『武士道』(原文は英語です)を読めと、
半ば強制的に読ませている。日本人の倫理観や美感、死生観を支えているのは、
仏教や儒教、神道といろいろあるだろうが、「武士道」もその一端を担っていると、
ボクは堅く信じている。

日本人よ! そろそろ自虐史観の桎梏から解き放たれるべきじゃないの?

←この会場に行くまでの話。
ボクは駅で品のいい夫人から声をかけられた。
「失礼ですが星陵会館へ行かれるのですか?」
ボクは驚いた。
「そうですが……なぜわかりましたか?」
夫人はニコリと笑ってこう言った
「なんとなく、そんな雰囲気を漂わせていました」
2人は思わず笑い合った。
〝ウヨク〟はニオイで分かるんでしょうかね。
ハハハ……






※特記
〝サヨク〟とは何か? 英語でいうとCommunismで、「共産主義」と訳すが、
ボクの敬愛する高山正之は「凶惨主義」と訳している(笑)。コミュニズムは
搾取を排すとか、富を平等に分かち合うとか、耳に心地よい言葉ばかり
並べるが、実態は邪悪そのものの思想で、ロシアで3000万人、支那で5000万人、
カンボジアでは300万人が殺された。たった100年足らずの間に1億人近くが
殺されたのである。朝日や毎日、東京、中日といった〝サヨク〟反日新聞グループは
この世にも恐ろしい〝凶惨主義〟にかぶれた連中が牛耳っている。
ボクの書棚には大月書店の『資本論』全5冊が鎮座ましましているが、
処分せず置いてあるのは自分への戒めのためである。
「おまえはこんな本のために、青春の貴重な一時期をムダに送ったんだよ!」
ハッキリ言おう。〝サヨク〟は人間社会を破壊する毒虫だ、と。




2015年9月2日水曜日

♪おべんと、おべんと、嬉しいな

来る日も来る日も、ジメジメとした日々が続いたが、今日は昼過ぎから久々の晴れ。
部屋干ししていた洗濯物を陽の下にさらした。洗濯機でドライをかけても、
やはりお天道様で乾かした仕上がりには敵わない。あんまり暑いのも困りものだが、
たまにはカラッと晴れてくれないと、気分まで沈みがちになる。

トマーシュは相変わらずボーッとしている。大男(190㎝)知恵が総身にまわりかね、
というわけではないのだろうが、動きが緩慢でキビキビしたところがないから、
時々、尻を思いきり蹴りとばしたくなる(←凶暴だね、相変わらず)。
テレビはきらいだというし、映画にも興味がない。キャッチボールは一度だけやったが、
2度目を誘うと「ウーン」というような顔をする。アウトドアスポーツが苦手となると、
さていったい何をやったらいいんだ?

朝、急いで弁当を作り、学校へ送り出した。
  
   ♪ おべんと、おべんと、嬉しいな、何でも食べます、よく噛んで~
 
そういえば娘たちが保育園から帰ってくると、よく歌ってたな……(シミジミ
トマーシュのトレードマークはニット帽。首から下は制服だ。←これでいいのかいな?
昨日は雨の中、傘も持たずに出かけてしまった。欧米人は雨に濡れることを厭わない、
とよく聞くが、だんだんドシャ降りになってきた。ボクは慌てて傘を手にトマーシュを
追いかけた(あたしゃ膝が悪くて走れないんだよォ)。後ろから大声で呼びかけたら、
ようやくふり向いてくれた。キョトンとしている。

とにかく忘れっぽいヤツで、ガスのスイッチを切り忘れることはしょっちゅう。
洗濯物だって、あれほど「すぐ出して!」と口酸っぱく言っているのに、
発酵しかけたパンツなんぞがタンスの中にこっそり押し込んである。
また、朝、シャワーを浴びる際に換気扇を回さない。←欧米人って、夜入らないんだよね
しかたがないから、ちょっと説教することにした。
Be sure to put on the ventilator whenever you take a shower.←いつもこうスラスラ出るとは限らない
ついでに、「トイレの換気扇もまわしてね」と念を押しといた。

こっちは英会話なんて気の利いたものはできないから(←単語並べるのがせいぜい)、
「家の中では日本語を使うこと!」
と再三言っている。が、いかんせん日本語能力が乳幼児並みなのだから、どもならん。
カミさんと話し合ったのだが、まずボキャブラリーを増やすことが大事だから、
家中の家具や置物に付箋を貼り、「これは何々です」と日本語と英語で説明した
らどうか、という話になった。そのための付箋をわざわざダイソーで買ってきた。

カミさんは今、老母の世話をしに浜松の実家へ帰っている(毎月1回のおつとめです)。
だからトマーシュの弁当づくりは留守を預かる亭主のおつとめとなる。
キャラ弁こそできないが、この程度のもの(写真参照)なら、ものの数分で作ってしまう。
「どう、お父さんの弁当はうまかったかい?」
帰宅したトマーシュに訊いたら、いつものように両手の親指を立て、「グーッ!」
見たら一粒も残さず食べてくれた。これなら作りがいがあるってものだ。

さて、11月半ばまでに300枚の原稿を書いてくれ、という仕事の依頼が入った。
しばらくオバサンをやっていたので、仕事勘が戻るかどうか心配だ。
簡単に引き受けてしまったが、翌月からまた地獄のような原稿書きが待っている
のかと思うと、いささかゲンナリする。すっかり遊び癖がついてしまった。

今夜のおかずは何にしよう。細胞が〝オバサン化〟してるから、いつもこんな
心配ばかりしている。昨夜はメインディッシュがスパゲッティ・カルボナーラ。
前回失敗したから今度こそ、と思ったが、また失敗してしまった。茹でたスパゲッティに
卵をからめるのだが、温度が熱すぎて、卵が炒り卵状態になってしまうのだ。
明らかに凡ミス。主夫歴30年、などと言えた義理ではない。ああ、恥ずかしい。
トマーシュも心なしかうつむき加減でボソボソ食べていた。感想を訊くのはやめた。





←昨日の弁当。アスパラの肉巻きが主菜だ


















←9/2のお弁当。主菜はコロッケ。
手抜きして冷食を使ってしまった






←ついでに9/3の分も載せちゃえ。
ごはんは白米と玄米の紅白ごはん。
日の丸にはならなかったけど梅干し
も添えてみた