2016年1月25日月曜日

続・酒とバカの日々

■1月24日(日) 晴れ
午後、近所に住むDanielの一家とアフタヌーンティを共にした。
Danielはオーストラリア人で、大阪は枚方生まれの奥さんと結婚し2子をもうけている。
15歳の時から車椅子生活という彼とはふとしたきっかけで知り合った。
たまたまボクの団地の公園で子供たちを遊ばせていた彼に、ボクが声をかけたのだ。

Danielは日本語があまり得意ではない。でもそんなこと関係ない。
ボクはいつものように日本語オンリー。あっちも必死で日本語を使おうとする。
「ゆっくりしゃべってくれれば英語もOKだよ」
ホッとしたような表情を見せる。彼の住むマンションはここから200㍍くらい先。
奥さんは和光市の誇る理化学研究所の研究員で、
Danielとは豪州留学中に知り合ったという。

子供たちは幼稚園に通う長女と、まだオムツの取れない長男の「一姫二太郎」。
この2人が腕白そのもので、昨日も居間にあるバランスボールを恰好のオモチャと
思ったか、バンバンと激しく弾ませたり、ソファの上からボールめがけて豪快にジャンプ
したりと、見ているこっちは、床やテーブルの角に頭をぶつけるんじゃないかと、
ハラハラドキドキのし通しだった。
(子供のエネルギーって、ほんとうにすごいな!)
子育てをやっていた頃をしばし思い出すスリリングなひとときだった。

そして今日、買い物帰りにその腕白な長女Kの通う幼稚園の前を通りかかったら、
子供たちが元気よく園庭を走りまわっていた。そして、なんと……親分肌の彼女が、
気弱そうな男の子を庭の隅に追いつめ、首を絞めていたのだ。ボクは思わず、
「オイ、女の子に負けてどうする。男だったらしっかりしろ!」
形勢不利な男の子を思いきり叱咤したのだ。腕白娘のKはボクの顔をみとめると、
「ヘヘヘ……」と照れかくしに苦笑い。ワーイ、と叫びながら行ってしまった。
ああ、げに女は怖ろしい。


■1月某日(金) 晴れ
ボクが黒衣(くろこ)としてお手伝いした単行本が発売された。
本のタイトルは『?』。著者の前作は5万部以上も売れたヒット作で、
今回はその続編といったところ。ボクは裏方の黒衣だが、売れればやはり嬉しい。

近頃は裏方仕事ばかりだが、たまには表舞台に立つこともある。
来る2月10日発売の月刊誌『サライ』3月号(小学館)は第2特集で
「コーヒー」を予定していて、編集部から見開きで「巻頭言」を書いてくれとたのまれた。
イケメンじじいの写真付きなので、嶋中ファンはぜひ買い求め、家宝にしてほしい(笑)。


■1月某日(日) 晴れのち雪
近所にある中華料理店「Chai菜」(ちゃいさい)で、ささやかな新年会を開いた。
お相手は相棒のNICKと、同じ団地内のTさん。もとは読売新聞の記者だったが、
北大教授を経ていまは桜美林大学の教授だ。中国問題の専門家で、著書も多い。
「マオタイ酒が手に入ったから一杯やりませんか?」
誘ってくれたので、ボクはお抱え楽士のNICKを伴って参加した。

貴州のマオタイ酒は高級酒の代表で、日中国交回復時に田中角栄が
この酒でもてなされ、一躍その名を轟かせた。

原料はコウリャンで、アルコール度数は53度。匂いを嗅ぐと独特の刺激臭がある。
「こうやって一気に飲むものなんだ」
TさんとNICKは一息にあおる。楽士兼商社マンのNICKはビジネスで20回以上、
支那に渡っている。新疆ウィグル地区にも行っている。

あっちで何度も「カンペイ!」とやって杯を飲み干しているだけに、
2人ともさすがに飲み方をよく知っている。それにしてもこの酒、むせるほどに強い。
ボクは白酒(パイチュウ)はほどほどにして甕出しの紹興酒に切り替えた。

NICKは調子に乗ってガンガンやり、鉋ッ屑が燃えあがるみたいにペラペラと
舌が回転しはじめた。こうなると後が怖いので、いい加減のところで幕にした。
ああ、酒飲みは意地汚くていやだねえ……(←おまえのことだろ!


■1月25日(月) 晴れ
今日も飲み会。ここのところ飲んでばかりなので、さすがに昨日は休肝日にした。
お相手は団地仲間のYさん。病気の奥さんの介護で、大変ご苦労しているのだが、
少しばかり体が空いたので、酒の相手をしてくれとたのまれた。

ボクなんかのご相伴でよかったらいつでもOKですよ、と日頃から言ってある。
ボクとはなぜか気の合う先輩で、飲むといつも掛けあい漫才みたいな楽しい
酒になる。老々介護は互いの命を削ってしまう。たまにはバカッ話でもして
リフレッシュしなかったら体も神経も参ってしまう。

夫婦というのはふしぎなものだ。何十年も連れ添うと、一心同体みたいな境地になる。
たとえ口げんかばかりしていても、どこかで深くつながっていて、互いにしっかり
いたわり合っている。Yさんも同じ。奥さん、早くよくなればいいですね。





 

2016年1月20日水曜日

Atsushiの『愛燦々』がいい

車を運転しながらラジオを聴いていたら、ふと懐かしい曲が聞こえてきた。
愛燦々』という曲だ。
おや? おかしいな……小椋佳でもないし、もちろん美空ひばりでもない。
でも、いいなこいつ。のびやかで透明感がある。いったい誰なんだ、こいつは?

「Exile」というグループでヴォーカルを担当しているAtsushiという男だった。
ボクはいわゆる歌番組というのをほとんど見ないし、J-popというのも知らない。
Exileというダンシング&ヴォーカルユニットがあることは知っていたが、
歌って踊っているところをまともに見たことがないし、ましてやグラサンをして
ちょび髭のAtsushiなんて男は聞いたこともなかった。見れば、グループの面々は
みなひと癖ありそうなチンピラのお兄ちゃん、という感じで、ストリートダンサーが
出世してテレビに出てるんだな、という印象だった。

ここで自分の不見識を詫びなくてはならない。Exileのダンスや歌はけっこういけるのである。
ツッパリあんちゃんのAtsushiの歌が特にいい。なんというか、小林秀雄流に言えば、
「哀しみが疾駆する」という感じだろうか。この『愛燦々』というカバー曲にもそこはかとなく
哀愁が漂っている。このあんちゃん、ただ者ではないのだよ。

で、さっそく我ら「蛮爺's」のレパートリーにこの曲を加えることにした。
蛮爺'sはボクと相棒のNICKが組んでいるダンシング&ヴォーカルユニットで、
団地のオバサンやオバアサンを中心に絶大な人気を誇っている。
今夏、恒例の夏祭りのステージでこの『愛燦々』を朗々と歌い上げたなら、
感動したオバサン&オバアサンたちが思わず失禁してしまうにちがいない。

話は変わるが、昨日、1000円のカットハウスで髪を〝ベリーショート〟にしてきた。
別にAtsushiを気取ったわけではない。が、知り合いのオバアサンに、
「嶋中さんは短い髪がお似合いですね」とおだてられたものだから、
その気になって頭の両サイドを思いきりバリカンで刈り上げてもらったのだ。

ほんとうは流行りの〝剃りこみ〟を入れようかとも思ったのだが、
「いい歳こいて何考えてんのよ!」と女房からきつくお叱りを受けそうなので、やめた。
還暦過ぎて剃りこみを入れ、グラサンかけて街を闊歩したりすれば、
〝チョイ悪おやじ〟くらいには見えるだろう。それとも〝極悪おやじ〟か?

それでは、Atsushiより甘いセクシーヴォイスで憶えたての『愛燦々』をご披露しよう。
嶋中ファンのオバサンやオバアサンはくれぐれも尿もれにご注意くださいませ。
Atsushiに敬意を払い、グラサン姿で歌うボクのエキサイティング動画は、
「嶋中労」でググって(←グーグルで検索することですw)〝動画〟をクリックしてくれれば
見られます。これぞ眼福であります(←自分で言うな!)。




←ExileのAtsushi君。
街のチンピラやくざ風だが、
歌はいけてる。

2016年1月14日木曜日

枕を高くして寝られない

ボクは寝ているとき、半分死んでいる。
睡眠時無呼吸症候群というやつで、特に酒を飲んだあとの症状がひどい。
カミさんに言わせると、〝グガー、グガー〟というケダモノじみた鼾(いびき)が、
一瞬止まり、1分くらい息をしていないのだという。

こんなときは、たいがい怖ろしい夢を見ていて、夢のなかでも海で溺れたり、
悪漢に首を絞められたりと大忙し。案の定、息ができずもがき苦しんでいる。
その苦しさといったら、あなた……、
(ああ、俺もいよいよ年貢の納め時か。案外あっけない人生だったな……)
などと、もう半分あきらめている。

しかし、しばらくすると、
「ウウ……プファーッ!」
と、突然止まっていた呼吸が元にもどる。同時に目も覚め、
(ああ、夢か……まだ生きてるようだな……ウウウ、助かったぜ)
心底ホッとするが、胸のあたりが締めつけられたみたいに苦しい。

朝、カミさんにそのことを報告すると、枕を高くして寝ているせいよ、
と言われた。生まれてこの方、いつだって枕を高くして寝ているのだが、
この無呼吸症候群の患者には、これが一番よくないという。
首が曲がったまま、すなわち気道が曲がって半ばふさがった状態で
仰向けに眠るため、呼吸に支障をきたすのだ。

ボクは寝る前に寝床で本を読む。50年来の習慣で、
ひそかな楽しみと言っていい。本は仰向けになって読むのだが、
その際、枕が高いほうが読みやすいので、枕の下にクッションを2個ばかり
重ねたりする。で、そのまま寝入ってしまうことがある。
そうなると「無呼吸」という拷問が待っている。

あの息苦しさは二度と御免蒙りたいので、カミさんのアドバイスを受け入れ、
枕を低くして寝ることにした。こんなでき損ないの男だが、まだ命が惜しい。
効果はすぐ現れた。鼾をかくのは相変わらずでも、呼吸が止まることがなくなった。
怖い夢も見なくなった。
太った人、高血圧の人は睡眠時無呼吸症候群になりやすいというが、
あの無呼吸状態はほんとうに怖ろしい。この世の終わりかと思わせる。

今年の抱負の中に、体重を5キロ落とすというのがあったが、
どうやら真剣に取り組む必要がありそうだ。がんばって痩せて首の回りの
贅肉を落とす。この余分な〝お肉〟が気道を狭めている恐れがある。

閑話休題。
正月早々、団地内を散歩していたら、顔見知りの若奥さんが
すれ違いざま、「嶋中さん、少し痩せたんじゃない? カッコいいわよ」
と声をかけてくれた。実際はそれほど痩せたわけではないのだけれど、
一時は90キロ近くあったから、その時期に比べれば10キロ強減量している。
いずれにしろ、カッコいいといわれれば悪い気はしない。

すぐその気になってしまう単純な性格もあって、その日一日、
ずっと気分は爽快だった。たとえお世辞でも褒められれば誰だって嬉しい。

ボクはこの人心収攬の「原理原則」を骨身に染みて思い知っているので、
できるだけ人を褒めるようにしている。女性には特にそうしている。
なかにはどうにも褒めようのないご面相やスタイルの人もいるが、
そういうときは、無理にでも召し物やバッグなど小物を褒める。すると、
「イヤーン、嶋中さんったら、またまたお上手なんだから」
などと照れるが、みなまんざらでもない顔をしている。

市議選に立候補するわけでもなし、愛想やおべんちゃらは無用なのだろうが、
人間関係の潤滑油と申しましょうか、人を褒める効用はこれでまたバカにできないのだ。

睡眠時無呼吸症候群の話が妙な方向へ行ってしまったが、
つまりはもう少しスレンダーな体つきになって、24時間、
ずっと楽に呼吸ができるようになりたいな、という話をしたいわけ。

そのためには枕を高くして寝ないこと。
あれをやると「苦しきことのみ多かりき」でロクなことにはならない。






←気持ちよさそうだニャン……










photo by だいさん

2016年1月5日火曜日

娘よ、戦争について語ろう!

暮れから正月にかけて、娘たちが帰ってきた。
娘たちが加わると、わが家は途端ににぎやかになる。
ふだんはカミさんと二人だけの食事で、ものを噛む音だけが聞こえる、
といったような静かな食卓だが、これが一気に長屋の井戸端会議みたいな
あんばいになる。そしてさらにお祭り娘のSabrinaが加わったりすると、
もうひっちゃかめっちゃか……。

そして三が日が終わって、戻ってきたいつもの静かな日々。
吉田拓郎の歌ではないが、

   ♪ 祭りのあとの淋しさは  死んだ女にくれてやろ

というような、ちょっぴりおセンチでニヒルな気分におそわれる。

娘たちとは酒を酌み交わしながらいろんな話をしたが、
何を話したのか、いまはとんと思い出せない。

娘たちと込み入った政治の話をしたことはほとんどない。
戦争の話などを口にしようものなら、カミさんもろとも「場所柄をわきまえてよね!」
というような非難がましい眼を向けてくる。

お屠蘇気分の正月に、無粋な政治の話なんか持ちだすなよ、
とお叱りを受けそうだが、いつ持ちだしても「場所柄をわきまえてよ」
なのだから、結局、同じなのである。で、ボクは、
(所詮、オンナ・コドモに政治はわからんわな)
という、つまらない結論に落ち着いてしまう。これは女性差別でも何でもない。
悲しいけれどまごうかたなき現実だ。

娘二人は留学経験者で外国語も達者、外国人の友だちも多い。
なかにはチャイニーズもいるしコリアンもいる。彼らとどんな話をしているのか
知らないが、もしも話題が70年前にまで遡ったら、慰安婦問題にしろ何にしろ、
娘たちはどこまで日本の立場を正しく説明できるのだろうか。にわかに心配になってくる。
この世代は、学校で日本の近・現代史をほとんど教わっていない。

戦後世代は、ボクらも含め、「日本は悪い国であった」と教え込まれている。
特に、教科書検定の事前運動でいま〝評判〟の東京書籍の歴史教科書などは、
最初から最後まで反日自虐史観に貫かれている。こんな教科書で教わったら、
それこそ目もあてられまい。支那事変に火をつけたのは日本で、日韓併合も
日本の侵略的意図から、などと教えこまれる。とにかくアメリカが「善」で日本は「悪」。
原爆投下も、だからやむを得なかったと……。

でもこれらすべてがまっ赤なウソだったとしたら?
ボクは近・現代史に関する本を数百冊読んできたが、読めば読むほど、
先の大戦がアメリカやイギリスによってあらかじめ仕組まれた戦争だった、
ということがわかってきた。日本は侵略国家などではない、窮鼠猫を噛むではないが、
追いつめられた揚げ句の、祖国防衛戦争があの戦争の実態だった。そのことは
あのマッカーサーでさえ証言している(マッカーサー証言』参照)。

こうした事実をわが娘たちを含めた若者たち、いや大人たちだって知りはしない。
知らないから安保関連法案に反対する学生団体「SEALDs(シールズ)」などと
いうおバカな学生たちがハバを利かせることになる。すべて無知から来ている、
と言ってもいいだろうが、この状況は昔の全共闘世代とそれほど違ってはいない。
どちらもサヨク思想にかぶれた知恵遅れの甘ちゃんたちなのだ。

ボクは娘たちを無知蒙昧な輩たちの仲間と思いたくないし、思ってもいない。
しかし自分のアイデンティティ(固有性、主体性)が何であるのか、
ハッキリ自覚しているようには見えない。そこが父としてなんとも歯がゆい。
自分のアイデンティティを確立させるには、しっかりした歴史観を持たなくてはならない。
自分の国のことをよく知ること。そのことによって日本人としての精神に目覚め、
軸のブレない自我が形成される。


ボクは娘二人に一冊の本をプレゼントすることにした。
陸軍士官学校出身で、アサヒビールの副社長をつとめ、平成26年に亡くなった
中條高徳の著作『おじいちゃん戦争のことを教えて』(小学館文庫)という本である。
アメリカの高校で学ぶ中條の孫娘の質問状に答えるといった体裁の本で、
祖父の中條が噛んで含めるようにあの当時の日本の立場を書き綴っている。
実に読みやすく、それでいて内容のしっかりした、掘り出し物といえるような良書である。

日本の近・現代史に疎くてねえ、と思っている人にはぜひ読んでもらいたい一冊だ。
新年早々、きな臭いタイトルで縁起でもないと思われるかもしれないが、
とっておきの「おすゝめ本」を紹介してみた。


←右の小冊子は版元が全国の読者から感想文
募集し、その中から入賞作品を選びまとめたも
の。この入賞作のなかに本ブログへのコメントで
おなじみの「木蘭さん」こと鈴木日宣さんの作品が
「優秀作品賞」の栄誉に輝いている。こちらも
感動の作品集である。
また木蘭さんは『サンケイ・エクスプレス』に
尼さんの徒然説法」を連載しています。
「安保法案」についても世の誤解を解こうと健筆
をふるっています。応援してやってください。






2016年1月2日土曜日

サブちゃんのいるお正月

昨日は麗しのSabrinaが新年の挨拶に来てくれた。
わが家はこのローマ生まれの明るい娘が大好きで、
彼女と話していると笑いが絶えないせいか、
寿命が2~3年のびるような気がする。

Sabrinaはいつになく楽しげだった。
聞けば新しいボーイフレンドができたという。
お相手はイタリア人(ローマ在住)で、以前つき合っていたフニャチンの草食系日本人
と違って、がっしりした男らしい男だという。
「お父さん(←これ、イタリアの実父ではなく私めのことなんです)みたいにカッコいい人なの」
サブちゃんは臆面もなくこう言う。
ここで日本のオトーサンは一気に相好を崩し、トロトロのフニャチンになる。

サブちゃんは絵に描いたようなイタリア人と呼ばれるパンツェッタ・ジローラモ
みたいな男がきらいだ。南イタリアのナポリ人は騒々しくていやだという。ボクが、
「サブちゃんだって南イタリア生まれだろ?」
というと、
「ちが~う。私はローマ生まれで南じゃない。イタリアの真ん中なの」
ムキになって反論する。

サブちゃんのきらうジローラモだが、彼はそんなに騒々しい男じゃない。
ボクはある女性(シンガポール人)の誕生パーティでこのジローラモと同席し、
少し言葉を交わしたのだが、彼は終始、寡黙で紳士的に対応していた。
テレビや雑誌で〝チョイ悪おやじ〟を演じてはいるが、あれはあくまで
営業上の〝顔〟で、実際は物静かで礼儀をわきまえた教養人なのである。

昨晩のディナーはすき焼き。わが家ではめったにすき焼きをしないが、
きのうはSabrinaのために和牛の高級肉を買ってきた。和牛を食べるなんて
何年ぶりだろうか。牛肉といえば、いつだってUSビーフかオージーの徳用肉ばかり。
サシの入った和牛なんぞ食べたら、さぞ胃袋がビックリすることだろう。

実はボク自身がすき焼きという料理を苦手にしている。
酒と醤油、砂糖で味つけをするせいか全体に甘口で、ボクの口に合わないのである。
それに、生卵につけて食べるというのも気色が悪い。生の卵はちょっぴり苦手なのだ。

さて、それでは飯にしようか。
その前に、まずはビールで乾杯だ。酒なら何でもある。
ビールの次は冷やした吟醸酒をワイングラスで飲もう。
香りを楽しむにはワイングラスのほうがいい。
サブちゃんはチーズと辛いものが苦手だが、お酒は大丈夫。
日本の梅酒が大好きというから、自家製の梅酒もロックで出してやった。

つい数カ月前、仕事でイタリアに行き、ローマの実家にも寄ったが、
年々、治安が悪くなっているのを感じるという。昼間でもローマの街中を
歩くのが怖いというから事態は深刻だ。ひったくりが異常に多いから、
袈裟懸けにしたバッグは身体の前にもっていき、両腕でしっかりガードする。
レストランで食事中も、ハンドバックは両膝の上に必ず置くという。
椅子に掛けたりすると、一瞬のうちにもっていかれてしまう。

そこへいくと日本はまだまだ安全ね、とSabrinaはいうのだが、ちょっぴり淋しそうだ。
自分の生まれ育った街が、ちょっとずつ変質していることが悲しくてならないのだろう。
フランスのAlexiaも同じような嘆きを口にしているから、いろんな意味で生活の安全が
脅かされている現実をひしひしと感じているにちがいない。
2016年も波乱の年になりそうだ。
みなさん、良いお年をお迎えください。










photo by my daughter