日本には「以心伝心」とか「口は禍いの門」とか「能ある鷹(豚?)は……」
なんていう諺がいっぱいある。ぺらぺらと鉋っクズが燃え上がるように
中身のない話を垂れ流す男は、「巧言令色鮮(すくな)し仁」とばかりに
一蹴され、出世もできなければトモダチもできない。日本人は今も昔も
「男は黙って……」が好きなのである。
日本人は断定調を好まない。「俺はこう思うんだ」とか「君の意見には反対だな」
などという言い方をすると、たとえ正しくても相手からうとまれてしまう。意見の相違は
人間関係に摩擦を生むから、なるべく言いたいことを言わず、ガマンするのが大人の
分別とされている。ハッキリと断定口調で言わず、控え目に、どうとでもとれるように
ファジーに表現する。すべてが〝生ぬるい〟――これが日本的表現の特徴だ。
欧米は逆である。互いの意見の違いがあるのは当然、と最初から考えているから、
自分の思うこと、信じることを、まずは相手にストレートにぶつける。
相手を傷つけてはいけないと、遠回しに言ったり、不必要にホメ合ったりはしない。
日本人のように過度に「親和」を築こうとはしないのだ。
むろんどちらが正しいというのではない。それぞれの文化の違いがあるだけである。
国際会議の場などでは、日本人は得意技を発揮する。有名な〝3S〟だ。
〝silence(だんまりを決め込む)、smile(意味もなく笑う)、sleep(居眠りしてる)〟
まさかTPP協議の場でも〝3S〟を決め込んでいるとは思えないが、
議論ベタは相変わらずだ。自己主張が苦手なのである。
「沈黙は金 Silence is golden」という格言がある。日本では英国から入ってきた諺
だと思われているようだが、実はスイスの「ある碑文」に刻まれた言葉で、
原文はドイツ語でSprechen ist silbern , Schweigen ist golden つまり「雄弁は銀、沈黙は金」
という言葉である。そもそも英国に「沈黙は金」という諺はなく、あるのは「沈黙は同意」、
すなわちSilence is consent というもので、黙っていたら同意したのと同じですよ、
という意味だ。
トーマス・カーライルに『衣裳哲学』(岩波文庫)という本がある。ボクはあいにく
読んだことがないのだが、明治以降戦前までは、日本でもよく読まれた本だという。
『武士道』の新渡戸稲造などはこの本を30数回読んだという逸話があるくらい
明治人は好んで読んだらしい。実はこの本の中に「沈黙は金」という格言が出てきて、
そこだけ日本人の頭の中にインプットされてしまったらしい。
カーライルは後に別のところで、
「とは言うものの、やはり正しく使えば沈黙よりは雄弁のほうがいい」などと言っている
ようなのだが、そのへんのところはふっ飛んでしまって、「沈黙は金なり」だけが日本に
定着してしまった。格言の意味する精神文化が、
「巧言令色鮮し仁」と相通ずるところがあったからだろう。
ボクは「男は黙って」の西郷(隆盛)タイプが好きだが、体質的には正反対の
おしゃべりタイプで、とりあえず「言いたいことはいっておく」「軋轢は、まァしかたがない」
と考える人間である。それが欧米型かどうかは知らない。が、不必要に親和を築く、
などというややこしいことはしない。人にむりやり合わせることが生来苦手なのだ。
だから、小学校の通信簿にはいつだって「協調性なし」と書かれていた。
実はこれがボクの秘かな勲章なのだから、筋金入りのひねくれ者といっていい。
ボクの愛読書『徒然草』には「もの言わぬは腹ふくるるわざなり」とある。
言いたいことをいわずにしまい込んでいると、精神衛生上すこぶる悪し、
という意味だ。これからもファジーを排し「おしゃべり断定口調路線」で行くことにする。
←欧米では、意見を言わないのは、
言う能力がないから、知能が低いから、
と見られる。つまり無能の証しってこと
なんていう諺がいっぱいある。ぺらぺらと鉋っクズが燃え上がるように
中身のない話を垂れ流す男は、「巧言令色鮮(すくな)し仁」とばかりに
一蹴され、出世もできなければトモダチもできない。日本人は今も昔も
「男は黙って……」が好きなのである。
日本人は断定調を好まない。「俺はこう思うんだ」とか「君の意見には反対だな」
などという言い方をすると、たとえ正しくても相手からうとまれてしまう。意見の相違は
人間関係に摩擦を生むから、なるべく言いたいことを言わず、ガマンするのが大人の
分別とされている。ハッキリと断定口調で言わず、控え目に、どうとでもとれるように
ファジーに表現する。すべてが〝生ぬるい〟――これが日本的表現の特徴だ。
欧米は逆である。互いの意見の違いがあるのは当然、と最初から考えているから、
自分の思うこと、信じることを、まずは相手にストレートにぶつける。
相手を傷つけてはいけないと、遠回しに言ったり、不必要にホメ合ったりはしない。
日本人のように過度に「親和」を築こうとはしないのだ。
むろんどちらが正しいというのではない。それぞれの文化の違いがあるだけである。
国際会議の場などでは、日本人は得意技を発揮する。有名な〝3S〟だ。
〝silence(だんまりを決め込む)、smile(意味もなく笑う)、sleep(居眠りしてる)〟
まさかTPP協議の場でも〝3S〟を決め込んでいるとは思えないが、
議論ベタは相変わらずだ。自己主張が苦手なのである。
「沈黙は金 Silence is golden」という格言がある。日本では英国から入ってきた諺
だと思われているようだが、実はスイスの「ある碑文」に刻まれた言葉で、
原文はドイツ語でSprechen ist silbern , Schweigen ist golden つまり「雄弁は銀、沈黙は金」
という言葉である。そもそも英国に「沈黙は金」という諺はなく、あるのは「沈黙は同意」、
すなわちSilence is consent というもので、黙っていたら同意したのと同じですよ、
という意味だ。
トーマス・カーライルに『衣裳哲学』(岩波文庫)という本がある。ボクはあいにく
読んだことがないのだが、明治以降戦前までは、日本でもよく読まれた本だという。
『武士道』の新渡戸稲造などはこの本を30数回読んだという逸話があるくらい
明治人は好んで読んだらしい。実はこの本の中に「沈黙は金」という格言が出てきて、
そこだけ日本人の頭の中にインプットされてしまったらしい。
カーライルは後に別のところで、
「とは言うものの、やはり正しく使えば沈黙よりは雄弁のほうがいい」などと言っている
ようなのだが、そのへんのところはふっ飛んでしまって、「沈黙は金なり」だけが日本に
定着してしまった。格言の意味する精神文化が、
「巧言令色鮮し仁」と相通ずるところがあったからだろう。
ボクは「男は黙って」の西郷(隆盛)タイプが好きだが、体質的には正反対の
おしゃべりタイプで、とりあえず「言いたいことはいっておく」「軋轢は、まァしかたがない」
と考える人間である。それが欧米型かどうかは知らない。が、不必要に親和を築く、
などというややこしいことはしない。人にむりやり合わせることが生来苦手なのだ。
だから、小学校の通信簿にはいつだって「協調性なし」と書かれていた。
実はこれがボクの秘かな勲章なのだから、筋金入りのひねくれ者といっていい。
ボクの愛読書『徒然草』には「もの言わぬは腹ふくるるわざなり」とある。
言いたいことをいわずにしまい込んでいると、精神衛生上すこぶる悪し、
という意味だ。これからもファジーを排し「おしゃべり断定口調路線」で行くことにする。
←欧米では、意見を言わないのは、
言う能力がないから、知能が低いから、
と見られる。つまり無能の証しってこと
2 件のコメント:
嶋中労さま
こんばんは!
雨の中アメ横まで出かけてスパイスを買うことが出来なかった田舎者です。
今日のブログを読み進むにつれ毎田周一の言葉を想い出しましたので
ここに写させて頂きます。
私達は、明日死ぬかも知れないものである、だから明日死んでも悔い
ないように、今日を生き切らねばならない。今日を、よい加減に生きて
おいて明日死ぬ時、死んでも死に切れないのである。今日を本当に
最高度に生きているかどうかということは、いつも再三再四問わねば
ならぬことである。その意味ではあちらこちらへ気兼ねし遠慮して生
きるということは、何としても詰まらないということである。
また、生前の母の言葉。村の集会に出かける前に
『余計な事は言うなよ、黙っていればいいんだから』
時が経ち今では母の教えを守れない田舎者でした。
田舎者様
おはようございます。
「大津屋」は休みでしたか。残念ですね。
ボクもしばらく行ってないので、近く
スパイスの買い出しに行ってきます。
さて、寡聞にして毎田周一という人を
知りませんでした。ネット上で田舎者様が
写してくれた箴言の〝全文〟を読みました。
なかなか力のある文章ですね。
気に入ったので、アマゾンに1冊注文して
おきました。貴重な情報を提供してもらって
感謝です。
人間、他人に気兼ねして生きるというのは
たしかにつまらないですね。毎田氏には
とても勇気づけられました。
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