2012年7月19日木曜日

これからの「正義」の話をしよう

いきなり拙著から引用するのはちょっぴりためらわれるのだが、
ボクにしては珍しくいいことを言っている(笑)のでガマンして読んでほしい。

昔のチャンバラ映画は勧善懲悪そのものだった。見ているだけでどんな行為が美しく、
逆にどんな行為が醜いのか、自然と学ぶことができた。知らず知らずのうちに、世の中の
ルール、正邪美醜のすべてが学べた。映画館は人生の学舎(まなびや)でもあった
あんなもの善玉悪玉の単純な二元論ではないか、と笑う者があるが、単純で何が悪い。
昔の親たちは学問こそなかったが、理非曲直だけはわきまえていた。
卑怯や臆病を憎む心を子供たちに植え付けようとしていた。しかし今どきの親たちは、
銀幕の悪役みたいに、たとえ醜いことをしても豊かになったほうが勝ち、などと教えている。
出でよ、平成の多羅尾伴内!》(『おやじの品格』より)

「大津いじめ事件」の余震がまだ続いている。「いじめ」は人類創世以来続いている
人間の持って生まれた病癖で、世の中から一掃することなどできっこないのに、
誰が言い出したのか「いじめ撲滅」「暴力絶対反対」「人の命は地球より重い」などという
ロマンティックなスローガンが世に満ちみちている。

そしていつも聞かされる当該学校長のあのセリフ。
生徒と父母を交えた緊急集会後のあの決まり文句である。
「子供たちに命の大切さを教えました」「生徒たちには心のケアを」
校長のセリフは判で押したようにいつも同じ。こんなお定まりの紋切り言葉が、
子供たちの心に響くと、本気で思っているのだろうか。

卑怯なマネはするな!
●ケンカは素手で1対1でしろ!
●臆病は恥だ!
●負けるとわかっている戦いでも、
男はやるときはやるのだ!
親や教師は、子供たちを前にこれらの徳目を
耳タコになるくらい熱っぽく語るべきなのだ。

かつて親や教師たちは「正義」について語ってくれた。「勇気」の大切さを説いた。
「怯懦(きょうだ)は恥」ということも教えた。いや、教えられずとも、チャンバラ映画が
それらすべてをまとめてレクチャーしてくれた。ところが今は、「暴力はいけない」
とか「何より平和が大事」とか「話し合いが一番」と言うばかり。

なかには、わが子がいじめられるよりは、いじめの同調者の中に加わっていたほうが
安心でいい、とする親が出てくる始末。これじゃあ、いじめられっ子を助けようとする、
「カチカチ山」のウサギのような勇気ある子は出てくるべくもない。

義を見てせざるは勇なきなり――とはいうものの、「いかなる暴力もダメ!」
とガキの頃から頭にたたき込まれれば、弱者を守ろうと蛮勇をふるいたい時にも
心のブレーキがかかってしまう。そして結局は見て見ぬふりだ。

「いじめ」があることが問題なのではない。右を向いても左を見ても、
この世は〝いじめの市〟ではないか。問題なのは「いじめ」をハネ返す力がなく、
自ら命を絶ってしまう子供が増えていることだ。強い抑圧に耐えられぬ惰弱な心が
育っていること――それが問題なのだ。

ボクも他人をいじめたことがあるし、いじめられたことはその数十倍もある。
しかし幸いなことに死のうとは思わなかった。耐性があったわけではない。
「あんちくしょう、今に見てろよ」とする情強(じょうごわ)な負けん気が、
人並み程度に備わっていたからに他ならない。

で、単細胞のボクは三島由紀夫に倣って身体を鍛えることにした。
高価なバーベルセットを買い込み、せっせとマッチョな肉体をつくりあげた。
福澤諭吉も言っているではないか。
まず獣身を成して後に人心を養え》と。

洋行した息子に宛てた手紙の中でも、諭吉パパはこう書き記している。
学問を勉強して半死半生の色の青い大学者になって帰ってくるより、
筋骨たくましい無学文盲なものになって帰ってこい!》と。

文武両道といえば簡単だが、まずはたくましい肉体を身につけ、
その上で学問にいそしみ、人としての見識を高める。

諭吉パパの教えを後生大事に守ったボクは、
ある時、かつての〝いじめっ子〟とリベンジマッチを行い、
相手をさんざん打ちのめしてしまった。
マッチョな獣身が惰弱な心をも筋肉質に造りかえていたのだ。
その後、いじめっ子とは仲直りし、親友となったのだが、
ほどなくして彼は死んでしまった。自殺だった。

さて、いじめる側が何らかの罰を受けるのはしかたのないことだが、
いじめられる側も被害者ぶるだけでなく、「怯懦は恥」という言葉を
心に刻み込まなくてはならない。男は臆病者と呼ばれたらオシマイなのだ。

そしてボクが最も憎み軽蔑する傍観者たち。
いじめを見ても、見ぬふりをする多くの子供や教師
いじめ問題で勤務評定が悪くなると昇進や給与に響く)。
わが身可愛さに、義侠心を発揮できない弱い心。
その悪質さはいじめっ子以上かもしれない。

彼らは、被害者の葬儀の場では、きっと涙を流すだろう。
マスコミやテレビカメラを意識しながら、さめざめと泣くのだ。
が、たぶんそれは空涙だろう。翌日にはケロッとし、
友人同士、何事もなかったような顔して冗談を言い合うのだ。
傷ついた生徒たちに心のケア? フン、そんなもの必要ないね。
おそらく彼らは、自分だけは責任を免れていると信じている。
ほんとうは彼らこそ冷酷な加害者なのに。

「父性」が衰弱すると、正義だ勇気だという徳目が忘れられ、
わが身大事に走る「母性」のマイナス面だけが突出してくる。
平和な時代には、つい父性より母性が強くなりがちなのだ。
父よ、サンデル教授のマネでいい、
今こそ子供たちに向かって「正義」を語ってくれ。
「勇気」の大切さを吹き込んでくれ。

8 件のコメント:

Nick's Bar さんのコメント...

ROUさん、

こんにちは。

先日はお世話になりました。

それはさて置き、「Politically Correct」なる言葉が闊歩し、常識で事をなすと非難すらされる世の中になってしまいましたね。

今回の大津の事件についても、奇麗事の羅列でお茶を濁そうとしてますね。彼らが我々とほぼ同年代であると言う事に鑑みると、いささか背筋が寒くなるおもいにとらわれます。

人類はやはり歴史から何も学ばない生き物だとつくづく感じます。過去から現在に至るまで殺戮の歴史がなかった時代はありません。規模が小さくなれば「いじめ」も脈々と続いてきたものと容易に想像がつきます。

人の命は地球より重い。
暴力はいけない。
平和が重要。

そんなことは言われなくたってわかってます。そのために何をすべきなのか。そこをはき違えているとしか思えません。

どうも今の世の中は、理想と妄想の差がわかっていないと言う事なのでしょうね。

歴史に学び、先人の知恵を大切にしましょう。

やっぱり福沢先生いいこと言ってますよね。
改めて、敬服。

ROU.SHIMANAKA さんのコメント...

NICK様

こちらこそお疲れさまでした。
あの日は終日歩き回り、
足腰がヘロヘロになってしまいましたが、
収穫もありました。

「なごり雪」さんのメタボな〝獣身〟を
拝見できたことです。NICKさんのそれと
いい勝負でしたが、彼のケダモノぶりの
ほうが一枚うわてでした。

さてbullyの話ですが、
実に陰湿で気が滅入ります。

姿勢正しくすがすがしい若者が
払底してしまったように、
「正義」を語る若者もみごとに
払底してしまいました。

チャンバラで育った世代と
ゲームボーイで育った世代の
違いでしょうか。正邪美醜を
わきまえない人間が多すぎます。
「水戸黄門」が終わってしまったのが
痛いです。

匿名 さんのコメント...

いつも拝見しています。日本男子ここにあり。頼もしく思います。確かに昔はまわりが皆同じ様な考えだったと覚えています。弱小男子は、強い者の側で難を避けていたのを覚えています。平凡でグータラな育ちの私が、頭脳明晰な方々の中に入っていくのは、とても気が引けるのですが、投稿しました。中学に入ってすぐの頃、毎朝登校する私に嫌な言葉を掛けてきた男子生徒に、「これから同じ事を3回言ったら許さない。」と伝え、本当に3回目には、その男子を投げ飛ばした事がありました。数年後、私の職場にバイトで入ってきた時は、びっくりしましたが、 温和しくなっていました。結局、嫌なものは嫌!いけないことはいけない。と、はっきり告げる。うやむやにしない。このことを疎かにするから、いじめが横行するのではないかと、考えています。ちなみに私、女です。あほやなって笑って下さい。父も兄もROUさんのような人だったので、つい投稿してしまいました。これからも頑張って下さい。

ROU.SHIMANAKA さんのコメント...

匿名様

投稿ありがとう。
女性の方だったんですね、
てっきり男だと思っていたから、驚きました。

でもすごいな。
陰険な男を投げ飛ばしちゃうんだから(笑)。

そう、おっしゃるように嫌なものは嫌、
とハッキリ意思表示することが大事なんだね。
でも、言えないんだよね、怖くて。
というか意気地がなくて……。

ボクだって今だからこそ威勢のいいこと
言ってるけど、子供の頃は陰気で気の弱い
男の子だった。

今でも核の部分はそんなに変わっていないと思うけど、年の功でね、半分開き直って、言いたいことを言ってる。ほんとうは薄氷を踏む思いで発言してるんだ(ウソですw)。

年の功でもう一つ言わせてもらうと、
先手必勝なんだね、ケンカは。
ボクは相手の鼻にストレートパンチを
食らわせることが「いじめ」問題を解決する
近道だと思ってる(←野蛮な奴)。

「エイヤーッ!」って、目をつぶって
殴ってしまえばいいんだよ。
羊みたいに抵抗しないから、
相手はいつまでもつけあがるんだ。

それと、もし自殺したいのなら、
飛び降りだなんてマヌケなことはしないで、
いじめっ子の家の玄関先で首を吊ってやること。でなけりゃ、決して浮かばれないね。

女性に向かってケンカのしかたを
講釈するなんて、バカだねほんと。

懲りずにまた来てください。
「匿名」さんはいっぱいいるので、
あなたを「匿名C」さんと呼ぶことにします。
再たのおいでをお待ちしております。

Nick's Bar さんのコメント...

ROUさん、

こんにちは。

喧嘩は先手必勝、しかも鼻っ面にストレート一発!

まさにそうだと思いますが、もうここ何年かまともに喧嘩をしたことがない人種が氾濫していますので、プロボクサーよろしく、繰り出した一発で相手が大怪我する、下手すりゃしんじゃうなんてこともあるようです。

木から落ちるとか、川に流されるとか、ちゃんばらごっこで頭にたんこぶができるとか、という中で、真剣でも「いい加減」を覚えていったはずなんですけどね・・・

ヤクザ相手に喧嘩してボコボコにされても、やられた素人さんが入院したり、死んじゃったりすることは、かつては、なかったと思うんですよね。

その辺の「いい加減」はどこへいっちゃったんでしょうね。

話はちょっと横にそれて、生活力たくましく、気の強い女性はそれはそれで魅力的ですが、可愛げがないのは、この世に男と女が居ると言う意味からはするとちょっとなぁ・・・と思います。

「可愛げ」と「厚化粧」を履き違えている方々があまりに多いので、残念です。(はっきりいうと「気持ち悪い」です。特に睫毛。)

ROU.SHIMANAKA さんのコメント...

NICK様

最近目立つのが、
ご指摘のように若い女性のつけ睫毛だ。

やたら太くて長くて、
バサバサ風を送る感じなんだよね。

行きつけの歯医者の受付嬢も
バカでかい睫毛を着けていて、
とてもガッカリしてしまった。

彼女はもともと美人で、
そんな大仰なものを着けなくたって
十分キレイなんだけど、
何を勘違いしたのか、
バサバサするやつを装着してる。
実に惜しい。

それとマイクロミニというのだろうか、
やたら短いスカートをはいてる
女の子が多くなったね。
こっちはまんざらでもないのだけど、
ちょっと危なっかしいな。

オトコの欲情をそそるからね。
性犯罪が増えますよ。

ボクは時々、イスラム社会の
戒律が恋しくなることがあります。
肌を見せることが進歩的なのか、
隠すことが進歩的なのか、
よくわからないけど、
隠すことで生まれる色気というものもある。
それがわからない人間は、
愚か者だと思うね。

帰山人 さんのコメント...

喧嘩は先手必勝・・・同意です。
相手の鼻にストレートパンチ・・・
そこはチョット違うなぁ、私と。
同じ衝撃を届かせるならば、
僅かに下の「人中」を狙って欲しい。
難しい場合は、鼻にめがけてグーパンチより
パーでいった方が効果的、
丁度相手の眼に指が入りますから・・・
やるなら「必殺」ですよ。
喧嘩と戦闘に差をつけるのは欺瞞です。

ROU.SHIMANAKA さんのコメント...

帰山人様

さすがによく知ってますな。
たしかに、鼻のちょっと下が一番効く。
そこに思いきりストレートを打ち込む。

ボクは車内で狼藉者相手(←時代劇かよ)
にそのことを試し、確信しました。

以前、チンピラと一戦交え、
ボコボコにされたという話は
書きましたが、
その後、空手や合気道などの本を参考に、
いろいろ考えるところがありました。

パーのパンチもたしかに効きますね。
また目をえぐるようにしてつぶす
という手もあります。
目は堅いので、強く押しても
つぶれることはありません。
ボクは娘たちに、イザとなった時の
危機脱出法として「目つぶし」と
「(耳への)噛みつき」を教えました。

ケンカはあまり感心しませんが、
やるべき時には死んだ気になってやった
ほうがいい。気魄というものが
こういう時に力を発揮します。

なんだか話がそれて、
おかしな方向へ行っちゃったな。