2014年12月23日火曜日

居眠り磐根と金髪美少女

もういいかげんにしてほしい。
佐伯泰英の『居眠り磐根 江戸双紙』をここ数年来愛読しているのだが、
いかんせん長すぎて、いつ終わるとも知れず、キリがないのだ。

現在発売中のものが47巻目。そして48巻目が正月明けには上梓される。
よくまあここまでいろんなストーリーを展開できるものだと、同業者のはしくれとしては
大いに感心しているのだが、もうそろそろ幕を引いていただけませんか、
というのが正直な気持ちだ。

佐伯の作品には多くのシリーズ物があって、代表的なのはこの『居眠り磐根』と
『酔いどれ小藤次』、そして『吉原裏同心』、『古着屋総兵衛影始末』なども人気だ。
どれもみな長丁場というのも共通していて、『酔いどれ……』と『古着屋』は
新シリーズがすでに始まっている。

本代と酒代にはカネを惜しまないボクとしては、余生を楽しく過ごさせてもらっている
だけでも佐伯先生様々なのだが、どの作品もみな似たようなところがあって、
いささか粗製濫造の感がしないでもない。

シリーズ物の時代小説で一番好きなのは池波正太郎の『剣客商売』(16巻)、
だとはすでに述べたが、佐伯の『酔いどれ』と『居眠り磐根』もなかなかの
力作だと思っている。そしてどれもが、ふしぎなくらい似通っている。

『剣客商売』は無外流の老剣客・秋山小兵衞を中心に、息子大治郞や女剣客佐々木三冬
などが繰り広げる江戸市井もので、そのintimateでfriendlyな雰囲気が読者のハートを
がっちり掴んでいるのだが、おもしろいのは、『剣客商売』と『居眠り磐根』に出てくる
老中田沼意次の扱いが正反対なところだ。

『剣客商売』の田沼は秋山父子のパトロン的な役割で、世に言う賄賂政治の極悪人
というのとは違う。大治郞の妻・三冬が田沼の妾腹の娘という設定で、田沼の評判の悪さは
どっちかというと宿敵・松平定信が流したデマではないのか、とする立場をとっている。

一方、『居眠り磐根』では主人公・坂崎磐根の命を執拗に狙うのが田村意次・意知父子という
設定で、作者の佐伯が先輩の池波正太郎の向こうを張り、いかにして差別化を図ろうかと、
相当意識して書いたのではないか、とボクは勝手に想像している。

考えてみれば、この数十年、小説は時代小説しか読んでいない。
現代小説はせいぜい外国のミステリーとか探偵小説くらいで、
あえてお気に入りを挙げればR・D・ウィングフィールドの『フロスト警部シリーズ』だろうか。

ふだんは政治や経済のお堅い本ばかり読んでいるので、
せめて蒲団に入ってからは小説を読んで頭をリラックスさせたい、
とたぶん身体が要求するのだろう、自然と小説に手がのびている。

ボクはノンフィクションやエッセイじみたものは書くが小説は書いたことがない。
というより書けない。ゼロから話をつくって、それを発展させる才能がないのだ。
いまどき小説なんて流行らんよ、といわれるかもしれないが、
小説ではなくノンフィクションばかりの世界だったら、たぶん息が詰まってしまうのではないか。
完全な作り物というのは、これはこれで必要なものなのだ。

たぶん今夜中に『居眠り磐根』の第47巻は読み終わってしまうだろう。
まだ多くの本が〝積ん読〟状態で、本棚に鎮座ましましているから、
当分の間、退屈することはないのだが、圧倒的に小説が少なく、
ほとんどがキナ臭いノンフィクションや政治評論の類ばかりなので、
ボクの表情は今しばらくは暗く沈んでいることだろう。

来年はヒツジ年だという。
草食系が喜ぶような静かな年になるのだろうか。
春には次女が結婚し、秋にはチェコから留学生が来て、半年間世話をする予定だ。
金髪美少女でなけりゃイヤ、と強く願っていたのだけれど(←バカ)、
あいにく男の子になってしまった。
それも身長186センチの大男だという(←あとで分かったが実際は190㎝だった)。
ということは、半年間、上から目線に耐えなけりゃいけないわけだ(笑)。
不謹慎なことを考えていたから、たぶん天罰が下ったのだと思う。
あ~あ、男かよ……と言いつつも、楽しみにしてっからね(わが家の女どもが)。




←AFSの高校留学生。
わが家は埼玉にあるが、なぜかAFS練馬支部に属し、
来年、チェコの高校生(17歳)を預かることに。
雲をつくような大男と聞いている。
メシをいっぱい食べるんだろうな……




2 件のコメント:

サム さんのコメント...

嶋中様

小生も本は読みますがノンフィクションばかりで、小説はまったく読みません。

しかし、普段堅い本ばかり読んでいると、読書を止めたくなる時が出てまいります。最近では吉本隆明の『共同幻想論』を読んでおりますと、一向にはっきりとしない文体に嫌気が襲ってきて途中で何度も読書を止めようと思い、まだ読了できておりません。

しかし、読書によってこれでもかと現実を突き付けられますと、頭が容量オーバーとなり、どこかへ現実逃避したくなるものです。小生はそのような場合は暫く本を読むのを止めにし、頭がまた本を欲するまで自然放置しております。

嶋中様はそのような場合に、佐伯泰英氏の小説を媚薬として読まれる訳ですね。

それにしても、同じシリーズで48巻とは、凄い話ですね。小生にはそんな浩瀚な小説は、吉川英治や山岡荘八の歴史小説が想い出されます。これらも読了出来なかった記憶が有りますが。

最近は蒲団に入って読書を始めると、2頁くらい読むと深い眠りに陥るようになり、昔のように蒲団の中で読了することが出来なくなりました。

チェコの金髪ボインといえば、昔仕事でエミレーツ航空の飛行機を利用した際に、対応してくれたCAが、チェコ人のお姉さんでした。細身だったのでボインではありませんでしたが、流麗な金髪美人だったことを想い出しました。

ROU.SHIMANAKA さんのコメント...

サム様
こんばんは。

吉本の『共同幻想論』とはお懐かしい。
吉本はずいぶん読みましたが、
この共同幻想論と『対幻想』が面白かった
ですね。

どちらも目からウロコという感じで、
しばらくはそのことばかり考えていた時期があります。

しかし年を取るともういけません。
難解な文章についていけないのです。
とりわけ吉本の文章は難文で、
理解しがたいところがあります。

彼は決して名文家ではありません。
ゴツゴツした骨太で硬質な文体で、
くり返しが多く、奥歯に物が挟まったような言い方をします。切れ味も悪い。

それでも腕力でぐいぐい引っぱっていく
力はあります。吉本の魅力は不器用な文体
を駆使し、力ずくで相手を説得する、
というところでしょうか。

さて、小説はお読みにならないということですが、あれは酢の物みたいなもので、
いってみれば箸休めというか口直しでもあるんです。あれを口にすると脳ミソが
やわらかくなるような気がします。