22日(土)から異人の居候をあずかっている。
AFSで日本の高校に留学しているチェコ人のトマーシュである。
首都プラハ生まれの17歳で、身長190センチ、体重74キロのヒョロッとした巨人である。
スウィフトの『ガリバー旅行記』に出てくる小人の国リリパットや映画『猿の惑星』の猿
は日本および日本人がモデルとされているが、トマーシュにしてみれば、
さながらガリバーになった気分だろう。わが家などは天井が低いものだから、
さっそく鴨居(じゃないけど、それに似たようなところ)に頭をぶつけている。
ベッドだって小さいから膝を抱え丸くなって寝なくてはならない。
つい同情の涙を禁じ得ないが、その厄災はすべて小人国のせいというわけではない。
巨人に生まれついてしまった身の不幸をまずは嘆くべきなのだ。
トマーシュの日本語はまだ幼児並みだ。ひらがなはかろうじて読めるがカタカナは
まだ分からない。だから今日から本格的に特訓する。本人はやる気満々なのだが、
さてどうなることやら。金髪ボインの可愛い異人ちゃんなら、手取り足取り、他にも
いろんなところを取って教えてあげるのだが、相手がガリバーの子孫の、それも
むさ苦しい男じゃねェ……教える側の意欲も今ひとつわかないのである。
彼はさっそくスカイプで母親(スタニスラーヴァ)をパソコン画面に出してくれた。
さいわい娘たち2人も応援に駆けつけてくれていたので、互いに紹介し合うことができた。
ただボクはすでに酔っぱらっていたので、何をしゃべったのかまったく思い出せない。
(あんな酔っぱらいのおやじがいる家で、息子は大丈夫なのかしら……)
たぶん異人の母は驚き呆れ、そして少なからず心を痛めたことだろう。
初日、ボクはさっそく異人を広場に引っ張り出し、キャッチボールを教えた。
生涯で2度目だという。2度目にしてはまあまあの出来だ。チェコに野球はなく、
やるのはもっぱらサッカー。冬はアイスホッケーが盛んだという。
「得意なスポーツは何なの?」
と訊いたら、しばし考えた後「水泳」だって。
「水泳パンツは持ってきてるの?」と訊いたら、
「Yes!」と元気よく答える。なければボクのインキンタムシ付き熟成パンツを
気前よく貸してやろうと思っていたのだが、まあ、活躍の場がなくてよかった。
あと数日で夏休みが終わり高校の2学期が始まる。そうなれば毎朝弁当を作って
持たせなくてはならない。別にキャラ弁みたいな凝った弁当を持たせようなどとは
ツユほども思わないが、シンプルな海苔弁というわけにもいかず、それなりに頭を
悩ますことにはなるだろう。しかしまあ、それも楽しからずや、だ。
これから半年間、異人との暮らしが始まる。
文化の違い、習慣の違い、そして何より言葉の壁が立ちはだかる。
昨日のランチには冷麺を作ってあげた。が、例によって音を立てずモソモソ
食べている。
「日本では麺類を食べる時は音を立ててもいいんだよ」
としつこいくらいに言ってもモソモソ食いをやめない。
わが家に来た異人たちは皆そうである。
たぶん音を立てて食べようとしても、経験がないから音の立て方が
分からないのではないか。げに習慣とは恐ろしい。
彼には新渡戸稲造の書いた『武士道』を与えた。原文、すなわち英語のそれである。
ボクのお抱え楽士であるNICKから借りたもので、これを日本滞在中に読み切れと
やんわり押しつけた。ボクは矢内原忠雄訳のものを何度も読み返しているが、
原文はボクの英語力では手に負えないくらいむずかしい。この本をなぜ押しつけた
のかというと、日本精神、サムライ精神のすべてがこの本に詰まっているからである。
(とんでもない家に来ちゃったな……俺はこれからどうなっちゃうんだろ)
トマーシュはたぶんそう思い、不安にかられていることだろう。
そう、ボクはこの異人を立派な〝サムライ〟に仕立てあげようとしている。
飛んで火に入る夏の虫か。ああ、かわいそうなトマーシュ……
←サムライに仕立てられてしまう
かわいそうな異人(異星人?かも)さん
AFSで日本の高校に留学しているチェコ人のトマーシュである。
首都プラハ生まれの17歳で、身長190センチ、体重74キロのヒョロッとした巨人である。
スウィフトの『ガリバー旅行記』に出てくる小人の国リリパットや映画『猿の惑星』の猿
は日本および日本人がモデルとされているが、トマーシュにしてみれば、
さながらガリバーになった気分だろう。わが家などは天井が低いものだから、
さっそく鴨居(じゃないけど、それに似たようなところ)に頭をぶつけている。
ベッドだって小さいから膝を抱え丸くなって寝なくてはならない。
つい同情の涙を禁じ得ないが、その厄災はすべて小人国のせいというわけではない。
巨人に生まれついてしまった身の不幸をまずは嘆くべきなのだ。
トマーシュの日本語はまだ幼児並みだ。ひらがなはかろうじて読めるがカタカナは
まだ分からない。だから今日から本格的に特訓する。本人はやる気満々なのだが、
さてどうなることやら。金髪ボインの可愛い異人ちゃんなら、手取り足取り、他にも
いろんなところを取って教えてあげるのだが、相手がガリバーの子孫の、それも
むさ苦しい男じゃねェ……教える側の意欲も今ひとつわかないのである。
彼はさっそくスカイプで母親(スタニスラーヴァ)をパソコン画面に出してくれた。
さいわい娘たち2人も応援に駆けつけてくれていたので、互いに紹介し合うことができた。
ただボクはすでに酔っぱらっていたので、何をしゃべったのかまったく思い出せない。
(あんな酔っぱらいのおやじがいる家で、息子は大丈夫なのかしら……)
たぶん異人の母は驚き呆れ、そして少なからず心を痛めたことだろう。
初日、ボクはさっそく異人を広場に引っ張り出し、キャッチボールを教えた。
生涯で2度目だという。2度目にしてはまあまあの出来だ。チェコに野球はなく、
やるのはもっぱらサッカー。冬はアイスホッケーが盛んだという。
「得意なスポーツは何なの?」
と訊いたら、しばし考えた後「水泳」だって。
「水泳パンツは持ってきてるの?」と訊いたら、
「Yes!」と元気よく答える。なければボクのインキンタムシ付き熟成パンツを
気前よく貸してやろうと思っていたのだが、まあ、活躍の場がなくてよかった。
あと数日で夏休みが終わり高校の2学期が始まる。そうなれば毎朝弁当を作って
持たせなくてはならない。別にキャラ弁みたいな凝った弁当を持たせようなどとは
ツユほども思わないが、シンプルな海苔弁というわけにもいかず、それなりに頭を
悩ますことにはなるだろう。しかしまあ、それも楽しからずや、だ。
これから半年間、異人との暮らしが始まる。
文化の違い、習慣の違い、そして何より言葉の壁が立ちはだかる。
昨日のランチには冷麺を作ってあげた。が、例によって音を立てずモソモソ
食べている。
「日本では麺類を食べる時は音を立ててもいいんだよ」
としつこいくらいに言ってもモソモソ食いをやめない。
わが家に来た異人たちは皆そうである。
たぶん音を立てて食べようとしても、経験がないから音の立て方が
分からないのではないか。げに習慣とは恐ろしい。
彼には新渡戸稲造の書いた『武士道』を与えた。原文、すなわち英語のそれである。
ボクのお抱え楽士であるNICKから借りたもので、これを日本滞在中に読み切れと
やんわり押しつけた。ボクは矢内原忠雄訳のものを何度も読み返しているが、
原文はボクの英語力では手に負えないくらいむずかしい。この本をなぜ押しつけた
のかというと、日本精神、サムライ精神のすべてがこの本に詰まっているからである。
(とんでもない家に来ちゃったな……俺はこれからどうなっちゃうんだろ)
トマーシュはたぶんそう思い、不安にかられていることだろう。
そう、ボクはこの異人を立派な〝サムライ〟に仕立てあげようとしている。
飛んで火に入る夏の虫か。ああ、かわいそうなトマーシュ……
←サムライに仕立てられてしまう
かわいそうな異人(異星人?かも)さん
4 件のコメント:
ROUさん、
こんばんは。
焦るこたぁござんせん。
一朝一夕でどうにかなるわけなかろうというのは御身が一番ご存知のはず。
時々英語の上達のため(だって彼も英語は母国ではないでしょうから)にうちにおいでいただいてもよろしいかと。(もちろん主役はうちの山の神ですが)
おそらく、まぁ、なんと申しましょうか、語彙、節操、常識の点で劣るところを見出せませぬ。(だって17歳の小童でしょ?)
日出る国で英語の修行もよいかと。
あ、もちろん日本語の指導も致しますです。
しがない楽師より。
匿名様
彼の英語は巻き舌の米語で、よく聴きとれないのです。
ボクは「女王様の英語」を習ったクチなので、
野蛮な米語はわかりましぇーん。
昨日もネットでバッグやら服やらを買いたいのだけれど、
クレジットカードがなぜかinvalidになっちゃう、と困り果てていました。
こっちだって複雑なことは分からんから、キャッチボール仲間で
同じ棟のTさんを急遽呼び、対応してもらったんです。
このTさんも匿名さんと同じで英語の達人。
この団地には英語使いがウジャウジャいます。
気晴らしに英語を話すというのなら許しますが、
わが家では原則Japanese only.
匿名さんのうちに連れて行くと、どうしても甘えてしまいそうなので、
しばらくは禁足令を布きます。
『武士道』はたぶん手こずってると思われます
嶋中労さま
おはようございます。
チェコ人のトマーシュくんが羨ましいです。振り返ってみると自分がその様な
チャンスを掴むことをしなかたですし、今ですら日本の精神を持っているのか
分からないで不安な人間の一人ですから。
それと家の息子が中学一年にいますが三拍子揃っていますが鍛え直していただ
けませんでしょうか。読めない書けない話せないは英語だけではありません。
日本語からですからね。
父親であるが息子のことをとやかく言える立場では無いのですがね。同じように
いやそれ以上に出来が悪かったものですから。
人間として一人前になるには、結婚をし子に恵まれ、子を成人させて初めて大人
になると言う事が分かり始めたところです。
親が生きている間はどんなに年を重ねても子は子でしかありませんね。
田舎者さま
半世紀前の留学生は必死で勉強したといいます。
あらゆる知識を吸収してお国のために尽くせるような人材に
なろうとしていたからです。
今はちがいます。まじめなのもいますが、観光気分で来る者も多いのです。
トマーシュはまじめな男ですが、必死に勉強するんだ、という意気込みは
あまり感じられません。すべて今風の男の子なんです。
ただ、昨日知ったのですが、ドイツ哲学には興味があって、ハイデガーなどを
読んでいる、と言ってました。ボクはちょっとビックリしました。
ハイデガーといえば『存在と時間』が有名で、ボクも学生時代に日本語訳で
挑戦しましたが、そのたびに挫折しました。超難解な哲学書なのです。
まさかあのハイデガーをすいすい読み飛ばしてるんじゃないだろうな?
とっぽい顔をしてますが、意外と深くものを考えていたりして……(んなわけねーか)
田舎者さんの息子さんは〝読めない・書けない・話せない〟の三拍子そろった傑物とか。
楽しみですね。きっと大物になりますよ。
ボクは娘たちが本好きになってくれるようにと、小さい頃から絵本や紙芝居を読んできかせました。
図書館にあるそれらを一冊残らず、というくらい、それはたくさんの絵本を読んでやったものです。
で、読書家になったか? 残念ながら本よりスマホが好きなふつうの娘になりました。
寝屋川市で中1の生徒2人が殺されるという痛ましい事件がありましたが、
ボクはまっ先に(親はいったい何をしてたんだ!)と、被害者の親に対して憤りを感じました。
まだ産毛が生えているような中学生を、深夜、遊びに行かせてしまう。
親はいったい何を考えているのか、と。子供の頃、中学生の姉が門限の10時を過ぎた頃に
帰ったことがありました。その時、玄関口で両親は箒で姉をしこたまブッ叩いたのです。
姉は大泣きしてはだしで飛び出していきました。
ボクはその時、ずいぶんひどいことをするもんだな、と姉に同情したものですが、
今にして思えば、あれが親として正しい行為だったのだと思います。
こうした親だったら、寝屋川の中学生は変態男の毒牙にかかることはなかったでしょう。
この世の正邪美醜を徹底的に教え込む。
親はそれだけをやればいいのです。
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