2015年5月19日火曜日

「竹中労」の右も左も蹴っ飛ばせ!

●5月某日
玄米食(100%)を始めて2週間になる。これに北海道産の黒千石大豆を炊き込む
こともある。3合炊いて1人前ずつに小分けし、冷凍してしまう。それらを毎食ごとに
取り出してレンジで〝チン〟。噛みごたえがあるから、たいていは一膳で済んでしまう。
おかげで出っ腹がひっこみ、本来の割れ腹筋が蘇ってきたような気がしないでもない)。

女房は麦も玄米もお嫌いなようで、100%「銀しゃり派」。だからごはんは別々に炊く。
なぜ玄米食にしたかというと、身体が欲しているからだ。「もう白いごはんは要らない」
と身体が訴えている。たぶん日頃の不摂生が祟って、本能的にアラームを発している
のだろう。実は数カ月前、特定健診を受けたのだが、どこもかしこもよくないことが
判った。特に〝肝腎かなめ〟の肝と腎がよくない。その他、血糖値、尿酸値、血圧、
コレステロール値などが軒並み〝danger zone〟に突入していて、このままだと
「長生きできませんよ」と警告を発している。

というわけで、ただべんべんと生き長らえたいと虫のいいことを考えているボクは、
卑怯未練にも玄米食に切り替え、腎のためにハトムギ茶を飲み、ビタミンEが豊富で
抗酸化力の強い米油を急遽、ネットで注文した。そのおかげかどうか知らないが、
最近、すこぶる調子がいい。お酒もうまい。で、つい深酒してしまうのだが、玄米と
ハトムギ茶と米油と赤ワインさえあれば天下無敵、と勝手に決め込んでいる。たぶん、
こういうお目出度い男は周りに迷惑をかけながら長生きするのだろう。

●5月某日
7月25日に開催される団地の夏祭りで、7年ぶりにステージに立つ、とはすでに報告
済みだ。今回はハモンドオルガンを弾く相棒NICKとのデュオである。で、練習のため
たびたびNICKの家におじゃまし、NICKが焙煎したというコーヒーを飲みながら、
オルガンに合わせて蛮声を張りあげている。最初は20分くらいの演奏かと思ったが、
出演者が少ないので、45分間、なんとか場を保たせてくれと頼まれてしまった。
結局、8~9曲歌うことになったのだが、はたして観客を飽きさせず舞台を務めることが
できるかどうか。それが問題だ。

●5月19日(火)
本日は嶋中労の「労」の字をいただいた竹中労先生の祥月命日(1991年没)だ。
先生のことは「竹中労務店」ですでに触れたが、案外存在が知られていないので、
再度書く。《竹中労は革命家であり、アナーキストだ》と竹中に関する著作をもつ
鈴木邦男は言っている。若い頃は日共の党員で、フリーのルポライターを始めてからは
雑誌『女性自身』を舞台に多くの歌手や芸能人を取材した。その成果が『芸能人別帳』
であり『無頼の点鬼簿』だ。

竹中労の文章はパワフルだ。遠慮なくズケズケ書く。
当人が言ってないことまでズケズケ書く。そのことを指摘されると、
労先生、少しも慌てず、
《いや、芸能人は言いたくても言えないのだ。それを代わって書いてやるのだ》
と曰う。

これにはボクも同感。労先生は歌手や芸能人、政治家センセーの〝自叙伝〟
なども多く代筆した。その〝えんぴつ無頼〟に憧れるわたくしめもゴーストライター
として売文業に憂き身をやつしている。たしかに時に言ってないことまで書いてしまう。
むしろそっちのほうが多かったりして……(笑)。

ボクは「憑依(ひょうい)」という言葉を弁解がましく使うのだが、
ゴーストになって文を書いている時は、「著者」の霊が乗り移ったような状態で
書いている。だから恐山のイタコの口寄せと同じで、まぎれもないボクの言葉で
はあるのだが、同時に著者の言葉でもある。ボクはイタコ(♪潮来花嫁さんは~)なのだ。

それにしても竹中労はかっこいい。
三島由紀夫の死について書いている文章があって、
《ここまで書いてきて、涙をおさえることができない。私は、天皇をまったく尊敬しない
人間であり、三島由紀夫のいう〝天皇制文化共同体〟の論理に与しない人間であるが、
彼の死に連帯することができる。小ざかしい〝言論の自由〟をトリデにして志しを述べる、
しょせんは文弱の徒であるまいかと、卑小なオノレの物指しで、三島由紀夫を量っていた
不明を、心底から恥じねばならない……》
と、実に率直なのである。

人は無力だから群れるのではない。群れるから無力なのだ
竹中の有名なセリフだが、こんなセリフ、なかなか吐けるもんじゃない。
右も左も容赦なく蹴っ飛ばす労さんの熱き生き方に心からのエールを捧ぐ。




←マスコミ非人を自称した竹中労

2 件のコメント:

Row Yoshida さんのコメント...

今年別府で乗ったタクシーの運転手が元自衛官で、市ヶ谷時代三島の決起に立ち会った話をしてくれました。
「彼はしょっちゅう市ヶ谷に来ていたので顔パスで入れた、あの人、実は小柄なんですよ」。運転手のおじいさんは当時通信班だったので、隊内で飛び交う発言からだいたいの事情がわかったが「彼の演説自体は声が裏返っていて何を言っているのかさっぱり不明」。わかったのは異常に興奮していることだけで、隊員達はこの人なに興奮してんの?くらいの感じだったらしい。「ホントにすごいのは三島さんの後ろに立っていた○○(名前忘れた、古賀さん?)ですよ、彼は三島の演説中微動だにせず、とても落ち着いていて、興奮しきっている三島と対照的だった。身体も大きく威厳というか気迫があった」
彼の話をきいて感じたのは三島由紀夫は逆側の学生運動みたいな感じ(頭でっかちというか地に足が着いてない)だったのかなぁ、ということ。まぁ、行為の子どもっぽさは似ていても彼自身は死んでしまったわけですが。
なお自衛隊幹部にはとても愛され尊敬されていた(先生として特別に遇されていた)そうで、幹部達は相当ビックリ困惑していたそうです。

ROU.SHIMANAKA さんのコメント...

Rowさま

こんにちは。三島由紀夫が自決した日、ボクがちょうど予備校(浪人してた)から帰ってくると、母がテレビを見て「三島って人が自殺したらしいよ」と言っていました。急いでテレビ画面を見ると三島のニュースでもちきり。あの頃、三島ばかり読んでいた時期で、三島の文学的才能に心酔していた時だったから、ビックリ仰天。あの行為の政治的な意味を理解するまで成熟していなかったため、ただただ文学的才能を惜しんだことを憶えています。いまはよく分かります。三島は天壌無窮の神勅と〝三種の神器〟こそ命より大切なもの、と考えました。日本は万世一系の天皇のもとで国体を維持してきました。そのことの重要性を左翼の人に説いてもムダです。彼らの幼稚な頭には千万言を尽くしても馬の耳に念仏なのです。
三島は実に洞察力に優れた炯眼の士でありました。