2011年5月27日金曜日

根深汁のある幸せ(『剣客商売』雑感)

ボクは子供の頃からbookishな人間で、
小学生時代からすでに吉行淳之介の『原色の街』
や『砂の上の植物群』といったオトナの本を読んでいた。
前者は向島の赤線地帯(鳩の街)を描いたもので、
後者も官能小説とみまがうような作品だ。
当然ながらウブな小学生向きではない。
こまっしゃくれた可愛いげのないガキだったのである。

爾来、独断と偏見に基づいていろんな本を読んできた。
おかげで優に1万冊の蔵書を数えるが、本の重みで床が抜けてもいけないので、
折々、数百冊単位で捨てている。書き込みだらけのボクの本は
古本に出しても売れないのだ。

そんな本狂いのボクだが、何度も読み返したくなる本となると数えるほどしかない。
そのうちのひとつが池波正太郎の『剣客商売』シリーズで、
今でも年が改まるたびに読み返している。

読書尚友」という言葉がある。
書物に親しみ昔の賢人たちを友とする、
という意味だが、『剣客商売』の主人公である
秋山小兵衛にもその賢人の趣がある。
ボクにとってはハードボイルドなヒーローで、
剣の達人というだけでなく、並外れた人間通で、
そしてちょっぴり助平なところがいい。

秋山小兵衛の周りには魅力的な人物がいっぱいいる。
40歳も年下の女房おはる、息子の大治郎、嫁の三冬、
岡っ引きの弥七と傘徳……それに因業爺を絵に描いたような
鬼熊のとっつぁんやまゆ墨の金ちゃん、矮軀の笹目千代太郎、
妖怪小雨坊……悪い奴でもみんな個性豊かな懐かしい人ばかりだ。
現実の人間たちより懐かしいのはなぜ?)


ボクの楽しみは〝秋山ファミリー〟とも呼ぶべき理想的な仲間たちに、
たとえ一時でも交ぜてもらえること。寝る前にページをめくると自然と呼吸が調い、
リラックスして、あったかい気持ちで眠りにつくことができる。

池波正太郎は稀代の文章家だ。
簡潔で、艶があって、行間に絶妙な間合いがある。
文章は平易そのものだから、ややもすると「俺にも書けそうだ」
と勘違いするおっちょこちょいが出てきそうだが、
実際は「やれるもんならやってみろ」とする気味あいのもので、
素人が太刀打ちできる領域などではもちろんない。

漱石も鷗外もドストエフスキーもランボーも読んだ。
地球をグルッとひとまわりして、ようやく辿り着いた
精神の憩う場所が『剣客商売』というのが面白い。

ああ、大治郎が倦かずに食べるという根深汁(ねぎの味噌汁=
ね・ぶ・かとクチにするだけであの甘いネギの食感がよみがえってくる)
のうまそうなこと。

さっそく今夜は、下仁田ネギをぶつ切りにした根深汁を作ってみよう
(食べてみると何の変哲もない味噌汁なんだけどね……)。
大根の漬物に根深汁。日本人に生まれて、ほんとうによかった。




←大治郞役は加藤剛で決まり。小兵衛役は
藤田まことなどより山形勲や歌舞伎の
2代目中村又五郎がいい。山形も、昔は
東映チャンバラ映画で悪役ばかりやっていたが、
晩年は〝改心〟して善人になったようだ。
それにしてもこの2人、眉がきりっとして
男前ですな。




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