2010年7月19日月曜日

カリスマ焙煎士

コーヒー名人にまつわる本を書いたためか、
世間は僕のことをコーヒー通と思い込んでいるふしがある。
とんだ誤解である。僕はそんなご大層なものではなく、
ただのコーヒー好きにすぎない。

昔は味音痴のことを「のどめくら」といった。
今は差別用語(言葉狩りは実に愚かな行為です)になっていて、
大っぴらに使うことはできないが、
僕は隠れもないのどめくらなのである。

その味音痴が、今をときめくコーヒー名人・大宅稔氏と接近遭遇した。
大宅氏は京都府美山町に「オオヤコーヒ焙煎所」を開設していて、
世間では彼のことを〝幻の焙煎士〟だとか〝カリスマ焙煎士〟などと
褒めそやしている。小売りはせず、住所や連絡先なども非公開。
大宅氏のたてたコーヒーを手ずから飲む機会は、時々出没するという
コーヒー屋台のみとなれば、その〝まぼろし度〟はいやがうえにも高まってくる。

その大宅氏が東京・蔵前にコーヒー屋台を出すと聞き、
コーヒー好きの友人と連れだって行ってみた。
大宅氏のコーヒーは過去に何度か口にしている。
娘の上司の商社マンI氏がわざわざ手に入れてくれたのが最初で、
その後、女房が関西出張の折に何度か買い求めたりした。
飲んだ印象を劇画調に言うと「ムム……ただ者ではないな」となるだろうか。

直接小売りはしないが、大宅氏の焙いた豆を弟子筋の店で
分けてもらうことはできる。京都の「KAFE工船」や
六花」「オパール」などがそれである。

蔵前に出現した屋台はたった5席の小体なつくり。
ロハスな感じの大宅氏が、はんなりとした手つきでネルを操り、
濃茶点前のような濃醇なコーヒーをたててくれた。

品書きはカメルーンの浅煎りとグアテマラの中深煎りの2品のみ。
どちらものどめくらの僕を唸らせるに十分な出来ばえで、
どこか〝コーヒーの鬼〟と呼ばれた名人・標交紀のコーヒーを彷彿させた。

たかがコーヒーと馬鹿にしてはいけない。
広い世間には、ロマネ・コンティのようなコーヒー――すなわち
焙煎士の銘を心に刻みつけたくなるようなコーヒーも存在する。

写真で見ると、大宅氏の焙煎機はランブルの使っているのと同じ
富士珈琲機械製作所の、通称〝ブタ〟と呼ばれる3.5キロ釜と思われる。
大宅氏はまだ若い。後生畏るべし、とはよく言ったもので、
コーヒーを味わったかぎりでは噂にたがわぬ名人とみた。
ここはひとつ、大宅コーヒーのゆくすえをじっくり見守ることにしよう。


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