2016年4月21日木曜日

何があっても大丈夫?

■4月某日 晴れ
都内某所の暗くて狭い部屋で櫻井よしこさんと会った。
某出版社の社長が引き合わせてくれたのだ。
目の前に現れた櫻井さんはゴージャスな着物姿だった。
夕方から英国大使館で、エリザベス女王在位60周年を祝うパーティに
出席するのだという。
「ドレスコードがあって、イヴニングドレス着用のこととあったんですが、
わたくし、イヴニングを持っていないの(笑)。で、着物にしました」

初めてお会いするのだが、実に美しい人だ。
言葉づかいはもちろんのこと、物腰が柔らかく、笑顔が自然で、
少しもイヤミがない。腰も低く、誰に対しても対等の目線を持っている。

「10年ほど前でしょうか、月刊『文藝春秋』の連載で、長岡でロケをいたしました。
その時、ご一緒し、小嶋屋でへぎそばを食べたのが私の女房です。憶えて
いらっしゃいますか?」
ボクが図々しくもそんな挨拶をすると、
「ああ、あの時の……よく憶えております。大変お世話になってしまって……
どうか奥様によろしくお伝えください」
ボクのカミさんはフリーの料理記者。『文春』の仕事で数年間にわたり、
有名作家たちといっしょに全国各地を旅して回った。

ボクは〝大好物〟の櫻井さんに会えるというので、朝からそわそわ。
このシャツがいいか、それともこっちのシャツか……などと鏡の前で
取っかえ引っかえ。結局、麻製の黒いシャツを選んだのだが、
まるでヤクザみたい……相変わらず趣味わるいわね」と女房。
近所のこどもに「おじさん、人さらいに見えるよ」と言われたくらいだから、
人相の悪いのは自覚しているが、ヤクザはないでしょ、ヤクザは。

それと櫻井さんに会うという僥倖に舞い上がっていたのか、
会う直前のわが家での昼食に、生ニンニクを大量に食べてしまった。
昨夜の残りものの「アジのたたき」を女房といっしょに食べたのだが、
よせばいいのに生ニンニクの薄切りをどっさり加えてしまったのだ。

「ウッ、臭ッ!」
女房はボクの吐く息を嗅いだとき、思わずのけぞった。
「バカだね、あんたは。これから櫻井さんに会うんでしょ。
そんな臭い息してたら、いっぺんに嫌われちゃうわよ」
たしかに言われるとおりで、ものすごいニンニク臭がボクの周りに
漂っている。

ボクは急いで洗面所に飛んでいき、ゴシゴシ歯を磨いた。
リステリンでうがいをし、口腔内を激しくクチュクチュやった。
キシリトールのガムも必死で噛んだ。
「ハーッ」
女房の前で、吐息の検査。
「ウウ……まだ相当臭うわね。会うときは数メートルは離れたほうがいいね」

で、数時間後。互いに惹かれ合ったのか(んなわけねーか)、
ボクと櫻井さんはいつの間にか顔と顔を30センチ近くまで寄せ合っていた。
まるで若い恋人同士みたいだった。ボクはすっかりニンニクのことを忘れていて、
緊張のあまり頭の中はボーッと真っ白けだった。その間、強烈なニンニク臭が
櫻井さんの鼻腔をはげしく襲っていたにちがいない。

でも心やさしき櫻井さんは、顔色ひとつ変えず、優雅に微笑むばかりだった。
たぶん櫻井さんの豪華な着物にはニンニク臭がたっぷり染み込んでしまったと
思われる(←ファブリーズをシューッとやってください)。英国女王の記念パーティが
ニンニク臭のために台無しにならないことを切に祈るばかりだった(バカ)


※追記
朝霞市の女子中学生誘拐監禁事件(『朝霞の〝桃〟がぶじ帰る』参照)以降、
小中学生の大人たちを見る目が用心深くなってきた。いきなり小学生から
「おじさん、人さらいじゃないよね?」と問い詰められるとドキリとする。
いまどき〝人さらい〟なんて言葉は古語の範疇かと思っていたけど、
妙に懐かしく嬉しくなってしまった。それにしても人格高潔なボクに向かって
「人さらい」はないよね。さらうより、若い娘にさらわれてみたいよ。



←櫻井さんは敗戦の混乱の中、
ベトナムの野戦病院で生まれる。
この本は激動の日本を生き抜いてきた
櫻井さんのご母堂を描いたもの。
いつも前向きに生きようとする母親の生き方は、
娘の櫻井さんに多大な影響を与えた。
殺人的なニンニク臭に見舞われても
だいじょうぶ。
『何があっても大丈夫』なんだものね。
櫻井さん、ほんとうにごめんなさい。

2 件のコメント:

木蘭 さんのコメント...

しまふくろうさま、こんばんは。(*^-^*)

連日の草取りで、まもなく顔と手の甲が小麦色になる予定の木蘭でございます。

あら~♪
あの日ですね(笑)

素晴らしいお時間を過ごされてなによりです(*^-^*)

櫻井よしこさんは、
同じ女性として心からリスペクトできる素敵な方ですね。
容姿端麗、頭脳明晰、冷静沈着。

容姿滑稽、頭脳暗愚、軽佻浮薄な私とは正反対なので、
憧れのまとです(#^.^#)

しまふくろうさまが、そんな素敵な方とお逢いされたこと、
おかしな話ですが、
自分のことのように嬉しく感じています(*^▽^*)

今夜は眠れそうにありません。(笑)

ROU.SHIMANAKA さんのコメント...

木蘭様
おはようございます。

縁というものはおもしろいものですね。
木蘭さんとも不思議なご縁でつながりましたが、
櫻井さんも同じです。

思想信条、日本を愛する気持ち、歴史観、人間観が
ほとんどボクと同じなのです。ボクと違うのは、
人間の〝気品〟でしょうか。彼女には匂うような気品があります。


「勁草」という言葉の似合う女性ですね。
意志堅固で、容易に心が折れない。

木蘭さんも〝勁草〟のお仲間です。
意志が強くなければ「家出」じゃない(笑)、「出家」の道など
選びませんから。

SNSの普及した時代は、コミュニティ形成も自ずと変容してきています。
木蘭さんとは期せずしてSNSでつながり、お付き合いさせてもらっています。
まだお会いしたことがないのに、十年の知己のような安心感と懐かしさを感じます。

ちょっと古い言い回しですが、「お国のためにがんばる」がボクのモットーです。
軍国主義とは関係ありません。常に頭の隅に〝公〟というものを意識して
いたいのです。「人の命がいちばん大切」という時代にあっては、
ともすれば〝私〟が必要以上にハバを利かせます。
〝公〟を思う人間は右翼反動主義者などと呼ばれかねません。

でも、危急存亡の事態になったら〝滅私奉公〟的な考え方は必要になると思うのです。
国が亡んだ後の〝私〟なんて、ボクには興味ありません。

いや、つまらぬ長広舌をしてしまいました。
今夜はぐっすりお休みください。