2014年7月20日日曜日

秋山小兵衛はスーパーヒーロー

国際政治学だの軍事学だの地政学だのと、切った張ったのキナ臭い本ばかり
読んでいると、いつの間にやら心がカサカサになり、人相まで悪くなってくる。
だから、せめて寝る前には脳内に多幸感をもたらしてくれそうな本が読みたくなる。

そんなわけで、ボクは今、池波正太郎の『剣客商売』(新潮文庫・全16巻)を読み返している。
毎年正月になるとこのシリーズを読み返している、と以前書いたことがあるが、
秋山小兵衛・大治郞父子、それに男装の武芸者・佐々木三冬などが活躍するこの
シリーズは、何と言おう、今のボクにとっては、欠くべからざる心の糧になっている。

それにしても還暦を過ぎ、なおも圧倒的な強さを示すこの小兵衛の存在感といったら、
他に比類がない。著者・池波さんの生き写しにちがいないが、ただ剣術に強いだけでなく
処世の達人としても比類がない。40も年下の女房をもらい、時に豊満な胸に顔をうずめて
甘えてみたり、また時に怖い顔で叱り飛ばしたり――泰然自若、そして融通無碍。
練られた人間とはかくあるべき、とリーダーシップの真髄といったものも同時に学ばせて
もらえる。適度にマジメで適度にスケベエ。硬軟自在で、一見すると好々爺の趣だが、
悪と対した時のきらりと光る瞳には、相手を震え上がらせるに十分な凄味がある。

できるものなら、あんなふうに歳を重ねたい――。
秋山小兵衛はボクの中のスーパーヒーローなのである
そしてヒーローを中心に集まった「秋山ファミリー」とでも呼ぶべき個性的な技能集団。
剣の達人でもある岡っ引きの弥七、手裏剣の名人・杉原秀、小兵衛の門人で剣の逸材だが、
病を養っている植村友之助、碁敵の町医者・小川宗哲、そしてなぜかこのシリーズに
かぎっては身辺を飾らず、質実剛健な〝善玉〟として描かれる老中・田沼意次(三冬の父)。

それだけではない。敵役として登場する悪役たちの個性豊かなこと。
百鬼夜行を思わせる異相の「小雨坊」、矮躯でありながら驚異的な跳躍力を見せる
狂気の剣術家・笹目千代太郎などがその代表で、ボクはこの二人との決闘場面は、
何度読んでも興奮してしまう。

師匠の山本夏彦はボクへの手紙の中で、
文はリズムです。あなたの文章にはそのリズムがある》と珍しく褒めてくれた。
池波さんの文章には池波さんのリズムがあり、藤沢(周平)さんの文章には藤沢さんの
リズムがある。ボクは比較的フレーズの短い池波さんのリズムが合うのか、
あの〝絶妙な間〟の取り方やユーモア感覚など、多くを学ばせてもらった。

ボクが『剣客商売』や『鬼平犯科帳』、『仕掛人・藤枝梅安』シリーズを好んで読むのは、
おそらく池波さんの呼吸法がボクの呼吸法とリズムを同じゅうしているからだろう。
そしてそのリズムにわがリズムが重なり、静謐ながらも大きなうねりとなる。
脳の快感物質であるエンドルフィンが放出されるのはそんな時だ。

佐伯泰英の『居眠り磐根 江戸双紙』の最新刊46巻目も、ボクの目の前にある。
が、まだ読んでいない。もったいないから読めないのだ。よくまあ46冊も書いたものだが、
読むのはものの1、2時間もあれば十分足りてしまう。しかし書く方は大変だろう。
佐伯は20日もあれば1冊書ける、と豪語しているようだが、他にも人気シリーズをいくつも
抱えているから、書き分けるのは神業と言っていい。さすがにこのシリーズは長すぎて
ドル箱シリーズだから、著者をなだめすかし版元がムリやり引っぱっているにちがいない)、後半、
冗漫さがやたら目につくが、ここまで来たら、「糟糠の妻は堂より下さず」の心意気で、
いやいやながらも最後までつき合ってやろうと思っている。

いずれにしろ、『剣客商売』のような〝生涯の伴侶〟を得た幸せに感謝しなくては
なるまい。まだお読みになっていない読者諸賢がいたら、だまされたと思って
いっぺん手に取ってみてください。絶対に後悔させません。小説というものをほとんど
読まないわが女房が、このシリーズだけはすんなり完読いたしましたから。

趣味の合わない老夫婦が、わずかに『剣客商売』の縁(えにし)でつながっております。




←ドラマや映画は今ひとつだけど、
原作の小説は最高。読めば人生が
二回りも三回りも豊かになります






※ご報告
あのプチ家出していた金魚たちが突然戻ってきました。
家出はしたものの、世間の荒波に揉まれ、
生きることの厳しさを改めて学んだようです。
心からの詫びを入れたので、また飼うことにしました。
水面をクリックするだけでエサはなんぼでも出ますが、
〝囲い者〟は精神が堕落しますから、
「自分の食い扶持くらい自分で稼げ」と厳しく申しつけてあります。
どうか甘やかさぬように願います。

4 件のコメント:

田舎者 さんのコメント...

嶋中労さま

こんばんは!

金魚が復活して黒から青になった百姓です。

子供達が夏休みに入り宿題の読書感想文を思い返し
夏目漱石の『こころ』を読み返しています。

労さまはこころと心の分かれ目は有りますか。

『こころ』の次はぜひ
池波正太郎の『剣客商売』を読みます。

縁に乾杯!

お体をお大事に。

ROU.SHIMANAKA さんのコメント...

田舎者様

こんばんは。

漱石の『こころ』は中学生の頃に読みました。子供心に衝撃を受けました。

全集を持っていて、
漱石の作品はほとんど読みましたが、
何が一番かと訊かれたら、
ボクは『猫』、つまり『吾輩は猫である』と
答えますね。

歳のせいなのでしょうか、暗い作品は避け、
明るい『坊ちゃん』や『猫』を選んでしまうのです。

ボクは世界中のありとあらゆる本を読んできましたが、ホッと息がつける場所というのでしょうか、心が和む本は数冊しかありません。

そのひとつが『剣客商売シリーズ』です。
頭をカラッポにして、ただ小説の面白さを純粋に楽しめる作品。それがこのシリーズです。

人生は死ぬ時までのヒマつぶし、
と師匠の山本夏彦は言いました。

このシリーズは手前味噌ながら、
〝高級なヒマつぶし〟といえるでしょうね。

木蘭 さんのコメント...

しまふくろうさま、こんにちは。(*^^*)

暑中お見舞いを申し上げます。

しかし今日は特に暑かったですね。(;´・ω・)
スライムのようにすっかり溶けてしまうところでした。

金魚さんたち戻ってこられてよかったですね。(*^^*)
「自分の食い扶持ぐらいは・・・」との厳しいお言葉の中に、
何やらやさしさが感じられるのは私だけではないでしょう。

なのでさっそく餌をいっぱいあげてまいりました。(笑)


剣客商売は藤田まこと主演でしたね。
本はまだ読んだことがありませんが、
あの時代劇は私も好きでした。

「白川の清きに魚も住みかねて
もとの濁りの田沼恋しき」

少し違っているかもしれませんが。

松平定信の清らかすぎる政は、民衆にとってみれば窮屈すぎたのでしょうね。

田沼意次と松平定信を足して二で割ったくらいがちょうどよかったのかしら。

ROU.SHIMANAKA さんのコメント...

木蘭様
いらっしゃいまし。

餌やりご苦労さまです。餌はほんの少しでいいんです。いっぱいやると図に乗りますから。

でも木蘭さんだったら、許します(笑)。

さて『剣客商売』の中では〝善玉〟の田沼意次も『居眠り磐根』のシリーズでは憎たらしい〝悪玉〟です。

おっしゃるように田沼と松平定信を足して二で割るのがちょうどいいですね。

テレビドラマでは藤田まことが小兵衛役でしたが、ボクが原作のイメージに一番ピッタリだと思ったのは、歌舞伎役者の2代目中村又五郎です。

スペシャルドラマで2本制作されたらしいのですが、この又五郎の小兵衛が実にいいのです。もちろん息子の大治郞役は加藤剛です。

この父子コンビは最高のはまり役ですね。

『剣客商売』はいいですよ。
〝生涯の伴侶〟というべき名作であります。