コーヒーの世界では南千住「カフェ・バッハ」の田口護が第一級の理論家だが、
カレーの世界では〝カリ~番長〟の異名をもつ水野仁輔がそれに当たるだろう。
本業は広告代理店の中堅サラリーマン。しかし趣味が嵩じてカレーに関する本を
次々と出版。いまや〝カレー業界〟では押しも押されぬ第一人者になってしまった。
田口護の最強の理論書といえば『珈琲大全』と『スペシャルティコーヒー大全』だ。
特に前者は増刷に次ぐ増刷で、中国語版と韓国語版まで登場、台湾や中国大陸では
バカ売れだという。田口は中国・韓国ではVIP待遇で、彼の地へ行くと「先生、先生」と
異常なほどに熱烈歓迎されるというから、その影響力たるやすさまじい。
その田口の『珈琲大全』に匹敵するくらいのパワフルな理論書が本日発売される。
『水野仁輔 カレーの教科書』(NHK出版)がそれで、お手伝いしたボクが言うのも
なんだが、世界に類を見ない画期的な理論書といえるだろう。内容紹介の帯には、
《今後数十年は、この本を超えるカレー本は出版されないかもしれない》とあるが、
〝かもしれない〟は余分だろう。カレーをこれほどまで緻密に分析し、その中から
不動の理論を導き出し、わかりやすく解説した本の出現は、まさに空前絶後だ。
水野仁輔は静岡県浜松生まれの39歳。ボクの女房が出た浜松北高校の後輩で、
当時浜松市内にあった「ボンベイ」というインドカレー専門店に足繁く通い、
眠っていた水野の〝カレー魂〟に火がついてしまった。なにしろ中学高校の頃から
スパイス類に夢中で、自分でオリジナルのカレー粉を作ってはそれを小袋に詰め、
首からネックレスみたいにぶら下げては街を闊歩し、時々匂いを嗅いで、
「ウーン、たまらんねェ」などとひとり恍惚としていたというのだから、相当変わってる。
この男の一念はハンパじゃない。スパイスで作るカレーには黄金律といえる理論が
きっとある、と確信した彼は、その仮説を実証すべく某インド料理店に日参。1年半に
わたって300回以上通いつめ、毎回日替わりカレー2種を食べ、調理場に顔を出しては
シェフに作り方の伝授を請うた。で、どうなったか。結論から言ってしまおう。600種類に
およぶカレーのレシピは、水野の立てた仮説とまったく同じプロセスを踏んでいたのである。
水野はこの原理原則ともいうべき理論を〝カレーのゴールデンルール〟と名づけた。
わが家はみんなカレー好きで、娘たちが小さかった頃からハウスバーモントカレーの
贔屓だが、この本の制作に係わった頃から、スパイスカレーも作るようになった。
上野アメ横の「大津屋」でスパイスを買い込み、水野考案の「ゴールデンルール」に
従って作っていく。作り方は簡単で、誰にでも本格的なインドやタイのスパイスカレーが
できてしまう。この勝ち誇ったような達成感はいったい何だろう。
かつて、スパイスカレーはカレー上級者だけのマニアックな料理で、
ごくふつうの日本人にはアンタッチャブルな世界だった。しかしこの
『カレーの教科書』を読めば、目の前の霧が晴れるように、スパイス
カレーの奥深い世界を一気に見はるかすことができる。
これは世界に類のない、とんでもない本(トンデモ本ではないです)なのである。
カレーはラーメンと並ぶ日本の〝国民食〟だという。しかし国民食といわれる
割には「謎」や「神話」が多く、理論的にも解明されてこなかった。たとえば、
「何十種類のスパイスを調合したからホンモノ」だとか「何日間寝かせたからうまい」
だとか、「玉ネギはあめ色になるまで炒めないとダメ」といった〝迷信〟である。
なぜか日本人はその迷信を心底ありがたがっている。ほんとうにそうだろうか?
インドではせいぜい7~10種類くらいのスパイスを使う(3~4種類で充分といった声も)。
日本には「40種類のスパイスを調合……」などと自慢する店があるが、
スパイスが多いと逆に個性を打ち消し合って、凡庸な味と香りに仕上がってしまう。
種類を多く混ぜればいい、というものではないのだ。
世間に流布する玉ネギの〝あめ色神話〟にも大いに異議ありだ。
だいいち、当節はこの〝あめ色〟が分からなくなってきている。
水野のカレー教室に通う生徒からは、
「あめ色の〝あめ〟はいったいどの飴ですか?」
という質問が飛ぶという。たしかに飴にもいろいろある。
水飴にカンロ飴に黒飴……。あめ色のモデルになった飴って何だろう?
そのあめ色の続きだが、弱火で30~40分以上炒めなくてはいけない、
なんていったい誰が決めたのだろう。
一般的にインドでは強火のまま短時間(10分以内)であめ色に仕上げてしまう。
いや、そもそもあめ色にしなくてはいけないというオブセッション(強迫観念)が
最初からないので、炒め具合にも自ずと深浅がある。大事なのは
「どんなカレーにしたいのか」という作り手のイメージだ。炒め具合もその
イメージによって変わってくる。本書では、短時間であめ色にするショートカットの
〝裏ワザ〟も披露されている。
水野の少年のような懐疑心はこれら〝迷信〟の一つ一つに科学的なメスを入れていった。
ジャンルの異なるフレンチの世界からも意見を聞き、学者先生の話にも素直に耳を傾けた。
そして導き出した「答え」がこの『カレーの教科書』だ。
これは単なるカレーのレシピ本などではない。
カレーに淫する男が、カレーの奥の院に世界で初めて踏み込んだ
(インド人は日本人みたいに徹底して調理を分析したりしない。
「親方からそう教わった」「昔からそのやり方だ」――それでオシマイである)、
インド人もびっくりの、歴史的、あるいは比較文化論的に価値の高~い本なのである。
水野仁輔は実に何とも、どデカいことをやってのけてくれた。
カレールゥで作るカレーはもちろんうまい。本場のインド人だって、
「こいつはうまい。いったい何という料理なんだ?」と真顔で訊き返すくらいうまいのだから、
世界に堂々と誇ってもいい。でも、メーカーお仕着せの味に満足できなくなったら、
気まぐれでもいい、各種スパイスを使って本格的なインドやタイのカレーを作って
みてはどうだろう。水野理論どおりに作れば、これが実に簡単にできるのだ。
ホームパーティなどで披露したらバカ受けすることまちがいなし、である。
何度でも言う。この本はすごい。制作スタッフのボクが言うのだからまず間違いはない
(これを一般に自画自賛という)。ご用とお急ぎでない方は、ぜひ手にとってほしい。
そして実際にカレーを作ってほしい(作ってみればボクの言うことにきっと納得するだろう)。
あなたはたちまち「カレー名人」と呼ばれるようになるだろう。
←水野仁輔の畢生の大作がこれ。
目からウロコの話がてんこ盛りだ。
カレーの世界では〝カリ~番長〟の異名をもつ水野仁輔がそれに当たるだろう。
本業は広告代理店の中堅サラリーマン。しかし趣味が嵩じてカレーに関する本を
次々と出版。いまや〝カレー業界〟では押しも押されぬ第一人者になってしまった。
田口護の最強の理論書といえば『珈琲大全』と『スペシャルティコーヒー大全』だ。
特に前者は増刷に次ぐ増刷で、中国語版と韓国語版まで登場、台湾や中国大陸では
バカ売れだという。田口は中国・韓国ではVIP待遇で、彼の地へ行くと「先生、先生」と
異常なほどに熱烈歓迎されるというから、その影響力たるやすさまじい。
その田口の『珈琲大全』に匹敵するくらいのパワフルな理論書が本日発売される。
『水野仁輔 カレーの教科書』(NHK出版)がそれで、お手伝いしたボクが言うのも
なんだが、世界に類を見ない画期的な理論書といえるだろう。内容紹介の帯には、
《今後数十年は、この本を超えるカレー本は出版されないかもしれない》とあるが、
〝かもしれない〟は余分だろう。カレーをこれほどまで緻密に分析し、その中から
不動の理論を導き出し、わかりやすく解説した本の出現は、まさに空前絶後だ。
水野仁輔は静岡県浜松生まれの39歳。ボクの女房が出た浜松北高校の後輩で、
当時浜松市内にあった「ボンベイ」というインドカレー専門店に足繁く通い、
眠っていた水野の〝カレー魂〟に火がついてしまった。なにしろ中学高校の頃から
スパイス類に夢中で、自分でオリジナルのカレー粉を作ってはそれを小袋に詰め、
首からネックレスみたいにぶら下げては街を闊歩し、時々匂いを嗅いで、
「ウーン、たまらんねェ」などとひとり恍惚としていたというのだから、相当変わってる。
この男の一念はハンパじゃない。スパイスで作るカレーには黄金律といえる理論が
きっとある、と確信した彼は、その仮説を実証すべく某インド料理店に日参。1年半に
わたって300回以上通いつめ、毎回日替わりカレー2種を食べ、調理場に顔を出しては
シェフに作り方の伝授を請うた。で、どうなったか。結論から言ってしまおう。600種類に
およぶカレーのレシピは、水野の立てた仮説とまったく同じプロセスを踏んでいたのである。
水野はこの原理原則ともいうべき理論を〝カレーのゴールデンルール〟と名づけた。
わが家はみんなカレー好きで、娘たちが小さかった頃からハウスバーモントカレーの
贔屓だが、この本の制作に係わった頃から、スパイスカレーも作るようになった。
上野アメ横の「大津屋」でスパイスを買い込み、水野考案の「ゴールデンルール」に
従って作っていく。作り方は簡単で、誰にでも本格的なインドやタイのスパイスカレーが
できてしまう。この勝ち誇ったような達成感はいったい何だろう。
かつて、スパイスカレーはカレー上級者だけのマニアックな料理で、
ごくふつうの日本人にはアンタッチャブルな世界だった。しかしこの
『カレーの教科書』を読めば、目の前の霧が晴れるように、スパイス
カレーの奥深い世界を一気に見はるかすことができる。
これは世界に類のない、とんでもない本(トンデモ本ではないです)なのである。
カレーはラーメンと並ぶ日本の〝国民食〟だという。しかし国民食といわれる
割には「謎」や「神話」が多く、理論的にも解明されてこなかった。たとえば、
「何十種類のスパイスを調合したからホンモノ」だとか「何日間寝かせたからうまい」
だとか、「玉ネギはあめ色になるまで炒めないとダメ」といった〝迷信〟である。
なぜか日本人はその迷信を心底ありがたがっている。ほんとうにそうだろうか?
インドではせいぜい7~10種類くらいのスパイスを使う(3~4種類で充分といった声も)。
日本には「40種類のスパイスを調合……」などと自慢する店があるが、
スパイスが多いと逆に個性を打ち消し合って、凡庸な味と香りに仕上がってしまう。
種類を多く混ぜればいい、というものではないのだ。
世間に流布する玉ネギの〝あめ色神話〟にも大いに異議ありだ。
だいいち、当節はこの〝あめ色〟が分からなくなってきている。
水野のカレー教室に通う生徒からは、
「あめ色の〝あめ〟はいったいどの飴ですか?」
という質問が飛ぶという。たしかに飴にもいろいろある。
水飴にカンロ飴に黒飴……。あめ色のモデルになった飴って何だろう?
そのあめ色の続きだが、弱火で30~40分以上炒めなくてはいけない、
なんていったい誰が決めたのだろう。
一般的にインドでは強火のまま短時間(10分以内)であめ色に仕上げてしまう。
いや、そもそもあめ色にしなくてはいけないというオブセッション(強迫観念)が
最初からないので、炒め具合にも自ずと深浅がある。大事なのは
「どんなカレーにしたいのか」という作り手のイメージだ。炒め具合もその
イメージによって変わってくる。本書では、短時間であめ色にするショートカットの
〝裏ワザ〟も披露されている。
水野の少年のような懐疑心はこれら〝迷信〟の一つ一つに科学的なメスを入れていった。
ジャンルの異なるフレンチの世界からも意見を聞き、学者先生の話にも素直に耳を傾けた。
そして導き出した「答え」がこの『カレーの教科書』だ。
これは単なるカレーのレシピ本などではない。
カレーに淫する男が、カレーの奥の院に世界で初めて踏み込んだ
(インド人は日本人みたいに徹底して調理を分析したりしない。
「親方からそう教わった」「昔からそのやり方だ」――それでオシマイである)、
インド人もびっくりの、歴史的、あるいは比較文化論的に価値の高~い本なのである。
水野仁輔は実に何とも、どデカいことをやってのけてくれた。
カレールゥで作るカレーはもちろんうまい。本場のインド人だって、
「こいつはうまい。いったい何という料理なんだ?」と真顔で訊き返すくらいうまいのだから、
世界に堂々と誇ってもいい。でも、メーカーお仕着せの味に満足できなくなったら、
気まぐれでもいい、各種スパイスを使って本格的なインドやタイのカレーを作って
みてはどうだろう。水野理論どおりに作れば、これが実に簡単にできるのだ。
ホームパーティなどで披露したらバカ受けすることまちがいなし、である。
何度でも言う。この本はすごい。制作スタッフのボクが言うのだからまず間違いはない
(これを一般に自画自賛という)。ご用とお急ぎでない方は、ぜひ手にとってほしい。
そして実際にカレーを作ってほしい(作ってみればボクの言うことにきっと納得するだろう)。
あなたはたちまち「カレー名人」と呼ばれるようになるだろう。
←水野仁輔の畢生の大作がこれ。
目からウロコの話がてんこ盛りだ。
4 件のコメント:
労師、拝読いたしました。
この本を読んで華麗に淫してみる者が
出てくることを願っております。
労師たちのガッツと美的論理に感動して、
私も感想文を書いておきました。
悪しからず。
帰山人様
わざわざ買って読んでくれたんですね。
もうそれだけで胸がいっぱいであります。
『帰山人の珈琲漫考』の感想文、読ませていただきました。閣下が水野さんより激しくカレーに淫していたとは寡聞にして存じ上げませんでした。道理で、閣下とお会いした時、そこはかとなく〝加齢臭〟が漂っていたような、いないような……。
閣下は珈琲だけでなく蕎麦や加齢にも造詣が
深いのですね。お見逸れいたしやした。
忌憚のないご感想、厳しい中にも温かいお言葉が散りばめられ、感服いたしました。これからも精進に相務めますので、平にご容赦の程を。
お世話になりました。今欧風カレーを作るべく チキンブイヨンを煮込んでいます。こんなブログを書いてられるとは!楽しませていただきます!
Noriko様
打ち上げ参加できなくてゴメン。
いろいろ事情がありまして……ムニャムニャ。
チキンブイヨンを煮込むとは、かなり本格的ですね。ボクなんかいつだってブイヨンキューブ。めんどうなことが苦手なもんで(笑)。
インドスパイスカレーもいいけど、
日本人はやっぱり欧風カレーでしょうか。
ルゥの粘り気がないとどうも食べた気がしなくて(笑)。
つまらないブログですが、
死ぬほどヒマな時はのぞいてみてください。
またの会う日を楽しみに。
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