柔道の全日本女子監督の園田隆二氏が暴力問題の責任をとって辞任した。
ボクは暴力を肯定するものでは決してないけれど、マスコミなどから吊し上げられている
彼の哀れな姿を見ると、なんだか人身御供にされているみたいで気の毒でしようがない。
それにしてもマスコミというのは勝手なものだ。「暴力絶対反対!」という
錦の御旗を手にすると、加害者に対して嵩にかかって責めたてる。
誰にも反対しようのない、申しぶんのないセリフというのはいつの時代にもある。
「戦争はしてはいけない」とか「個人の生命より大切なものはない」だとか
「話し合えば分かりあえる」といった類の〝美しいセリフ〟だ。
「暴力は絶対いけない」というのも同類で、世間の大多数が味方についたと見るや、
マスコミは待ってましたとばかり「正義」をふりまわす。園田監督の会見でも、
記者たちは極悪人を衆人環視のもとで断罪する、といった口調で締めあげた。
もう得意の絶頂である。その正義漢面した記者たちが、家に帰れば女房を殴り、
出来そこないの娘や息子に平手打ちを食らわせているかもしれないのだ。
園田監督は女子部員が遅刻したり、気の乗らない練習をしていたりすると、
活を入れようと竹刀で背中や尻をたたき、頭部にはゲンコツ、
顔面には平手打ちを食らわせた。「死ね!」という暴言まで吐いたという。
そういえばボクも、1ヵ月ほど前に一時停止違反で白バイのあんちゃんにとっ捕まったとき、
頭に血が上ったあまり、警官に向かって「おまえなんか死んじまえ!」
と叫んだような叫ばなかったような……暴言の吐きっぱなしだったので、もう忘れた。
体育会系出身のボクとしては、竹刀でたたかれたり、
旧軍隊式の鉄拳制裁を食らうことに対しては、
単純に「そんなの当たり前じゃん」と思っていたので、
つい園田監督に同情したくなってしまう。
ボクが水泳部の下級生だった頃、年初の「泳ぎ初め」はプールにまだ薄氷が
張っているころだった。上級生たちがおもしろがって下級生をプールに
突き落とすのだ。「さあ、泳げ泳げぇ~」
(おれたちは砕氷船かよ!)
少しでも文句を言ったり、上級生に対して反抗的態度をとろうものなら、
平手打ちどころかデッキブラシで殴られ、罰として腕立て伏せを食らった。
夏の合宿時には1日2万メートル以上泳ぎ、精も根も尽き果てて、
ほとんど半死半生状態になってしまうのだが、いたずら好きの上級生は、
そんな下級生が合宿所で爆睡している間に、寝間着を剥ぎ、パンツをおろし、
赤チンで全身にイタズラ書きをした。下級生が睡眠不足でフラフラになろうがなるまいが、
そんなことは知ったこっちゃない。
当時、運動部はどこも鉄拳制裁がふつうにおこなわれていたから、
園田監督のゲンコツや平手打ちが〝かわいい〟とさえ思えてしまう。
だいいち、あんな追放の仕方では、園田があまりに哀れだし、
奥さんの阿武教子さん(78キロ級金メダリスト)だってかわいそうではないか。
夫婦揃って日本のために頑張ってくれた金メダリストですぞ。
かつてはあれほど褒めそやしていたのに、風向きが変わると、
今度はみんなで寄ってたかってなぶりものにする。
ボクは衆をたのんで正義をふりかざす人間が、昔から大きらいなのだ。
少しは惻隠の情ってものがないのかよ!
体罰で有名だったイギリスのパブリックスクールも、
ようやく1986年、男女の区別なくパンツをおろして尻をムチでたたく、
という体罰を禁止した。そのことは以前もふれたが、その後、
校内が急速に荒れ出し、体罰復活を求める父兄の声が澎湃として起こった
という事実も知っておいたほうがいい。
殴る教育が悪いからといって、殴らぬ教育がいいとは限るまい。
熱情のあまり、指導がちょっぴり前のめりになってしまった園田監督。
世間やマスコミは「悪人」のレッテルを貼りたがるだろうが、
少なくともボクは小さな町の片隅からささやかなエールを送りたいと思っている。
くじけるんじゃないぞ、園田!
一方通行の〝愛〟だったけど、がんばったもんな。
※追記
6日付けの読売新聞朝刊によると、園田前監督は、
《昨年10月下旬、海外遠征先で、最初に被害を訴えた選手を「余計なことを言いふらしているらしいな」などと、恫喝していたことが5日、明らかになった。15人連名による集団告発にはこうした背景があった》としている。徐々に真実が明らかになるにつれ、園田前監督へのボクの肩入れが、
〝一方通行の愛〟に終わりそうな雲行きになってきた。というか〝愛〟が急速に冷めつつある。
正義をふりかざすマスコミはきらいだが、卑劣な人間も大きらい。園田も準強姦罪に問われ懲役5年の判決を食らった内柴正人と同じ穴のムジナか。スポーツマンはみな公明正大などとは思わないが、こういう事件が相次ぐと、スポーツ以前の段階で精神が腐っているのではないかと疑われる。ドラマ『八重の桜』によく出てくる「ならぬことはならぬものです」の会津精神をもう一度肝に銘じてほしいものだ。
ボクは暴力を肯定するものでは決してないけれど、マスコミなどから吊し上げられている
彼の哀れな姿を見ると、なんだか人身御供にされているみたいで気の毒でしようがない。
それにしてもマスコミというのは勝手なものだ。「暴力絶対反対!」という
錦の御旗を手にすると、加害者に対して嵩にかかって責めたてる。
誰にも反対しようのない、申しぶんのないセリフというのはいつの時代にもある。
「戦争はしてはいけない」とか「個人の生命より大切なものはない」だとか
「話し合えば分かりあえる」といった類の〝美しいセリフ〟だ。
「暴力は絶対いけない」というのも同類で、世間の大多数が味方についたと見るや、
マスコミは待ってましたとばかり「正義」をふりまわす。園田監督の会見でも、
記者たちは極悪人を衆人環視のもとで断罪する、といった口調で締めあげた。
もう得意の絶頂である。その正義漢面した記者たちが、家に帰れば女房を殴り、
出来そこないの娘や息子に平手打ちを食らわせているかもしれないのだ。
園田監督は女子部員が遅刻したり、気の乗らない練習をしていたりすると、
活を入れようと竹刀で背中や尻をたたき、頭部にはゲンコツ、
顔面には平手打ちを食らわせた。「死ね!」という暴言まで吐いたという。
そういえばボクも、1ヵ月ほど前に一時停止違反で白バイのあんちゃんにとっ捕まったとき、
頭に血が上ったあまり、警官に向かって「おまえなんか死んじまえ!」
と叫んだような叫ばなかったような……暴言の吐きっぱなしだったので、もう忘れた。
体育会系出身のボクとしては、竹刀でたたかれたり、
旧軍隊式の鉄拳制裁を食らうことに対しては、
単純に「そんなの当たり前じゃん」と思っていたので、
つい園田監督に同情したくなってしまう。
ボクが水泳部の下級生だった頃、年初の「泳ぎ初め」はプールにまだ薄氷が
張っているころだった。上級生たちがおもしろがって下級生をプールに
突き落とすのだ。「さあ、泳げ泳げぇ~」
(おれたちは砕氷船かよ!)
少しでも文句を言ったり、上級生に対して反抗的態度をとろうものなら、
平手打ちどころかデッキブラシで殴られ、罰として腕立て伏せを食らった。
夏の合宿時には1日2万メートル以上泳ぎ、精も根も尽き果てて、
ほとんど半死半生状態になってしまうのだが、いたずら好きの上級生は、
そんな下級生が合宿所で爆睡している間に、寝間着を剥ぎ、パンツをおろし、
赤チンで全身にイタズラ書きをした。下級生が睡眠不足でフラフラになろうがなるまいが、
そんなことは知ったこっちゃない。
当時、運動部はどこも鉄拳制裁がふつうにおこなわれていたから、
園田監督のゲンコツや平手打ちが〝かわいい〟とさえ思えてしまう。
だいいち、あんな追放の仕方では、園田があまりに哀れだし、
奥さんの阿武教子さん(78キロ級金メダリスト)だってかわいそうではないか。
夫婦揃って日本のために頑張ってくれた金メダリストですぞ。
かつてはあれほど褒めそやしていたのに、風向きが変わると、
今度はみんなで寄ってたかってなぶりものにする。
ボクは衆をたのんで正義をふりかざす人間が、昔から大きらいなのだ。
少しは惻隠の情ってものがないのかよ!
体罰で有名だったイギリスのパブリックスクールも、
ようやく1986年、男女の区別なくパンツをおろして尻をムチでたたく、
という体罰を禁止した。そのことは以前もふれたが、その後、
校内が急速に荒れ出し、体罰復活を求める父兄の声が澎湃として起こった
という事実も知っておいたほうがいい。
殴る教育が悪いからといって、殴らぬ教育がいいとは限るまい。
熱情のあまり、指導がちょっぴり前のめりになってしまった園田監督。
世間やマスコミは「悪人」のレッテルを貼りたがるだろうが、
少なくともボクは小さな町の片隅からささやかなエールを送りたいと思っている。
くじけるんじゃないぞ、園田!
一方通行の〝愛〟だったけど、がんばったもんな。
※追記
6日付けの読売新聞朝刊によると、園田前監督は、
《昨年10月下旬、海外遠征先で、最初に被害を訴えた選手を「余計なことを言いふらしているらしいな」などと、恫喝していたことが5日、明らかになった。15人連名による集団告発にはこうした背景があった》としている。徐々に真実が明らかになるにつれ、園田前監督へのボクの肩入れが、
〝一方通行の愛〟に終わりそうな雲行きになってきた。というか〝愛〟が急速に冷めつつある。
正義をふりかざすマスコミはきらいだが、卑劣な人間も大きらい。園田も準強姦罪に問われ懲役5年の判決を食らった内柴正人と同じ穴のムジナか。スポーツマンはみな公明正大などとは思わないが、こういう事件が相次ぐと、スポーツ以前の段階で精神が腐っているのではないかと疑われる。ドラマ『八重の桜』によく出てくる「ならぬことはならぬものです」の会津精神をもう一度肝に銘じてほしいものだ。
8 件のコメント:
労師、今般の経緯はどうもスッキリしません。
願わくは、「死ね」と言われて告発した選手が、
実際に死ねばハッキリしたのに…
暴力だろうが体罰だろうが、反対派も擁護派も
それで論調を変える奴は、皆ニセ者だもんね。
柔道って格闘技じゃなかったっけ?
死を避けるスポーツは、死を軽んずる遊戯ですよ。
ヒトの命を何だと思ってやがる…
たかが最も愚かな動物の一種だぞ!つけあがるな!
帰山人様
相変わらずいいことを言うねえ。
死を避けるスポーツは死を軽んずる遊戯とな。
さすがに効能豊かなうがい薬だけのことはあるな。
今の子は親に殴られたことがないか、
殴られっぱなしかのどっちかだから、
「非殴られ派」は怒鳴られただけでも
「恐い」と過敏に反応しちゃうんだろうね。
ボクは男でも女でも
猿股やらズロースやらを引きおろし、
おケツにキスをするという拷問を加えたいな。
kiss my ass!ってよく言うじゃない。
あれ、いっぺんやってみたい。
ああ、おれって最も愚かな動物かも。
ROUさん、こんにちは。
何やら一方的な話題になっているやに思いますが、まぁ、それはさておき・・・
何と言いますか、規範といいますか柔道における精神性みたいなのが自明でなくなってしまったんではないかと思うのでございます。
これまで日本における柔道の指導というのにはしごきあり、鉄拳あり、精神棒ありというのが当然の前提となっていたわけでして、仮にそこに疑義をはさむことがあっても、公然とそれを口にするなどという事は不謹慎であり、恥であったはずなのですよ。
仮に口に下にせよ「お前は馬鹿か」と一蹴されて終わりだったはずなのです。
それが、なんといいますか、自分の権利と幸福を第一義に追求するという事に最大の使命があるという思想とその実現の前には、他人の責任を追及こそすれ、己の精進すべき道などというのはいやしくも希薄となってしまったわけでございましょう。
功利主義的にみんなで仲良し倶楽部でも作って、平準化されたほどほどの社会でつまらないわけではないが、あまり面白くもない生活を享受しておけばよろしい。
などど考えてしまいます。
あー、やだやだ。
NICK様
NICKさんもボクも、紳士的な顔の裏に凶暴性を隠している人間で、どっちかというと口より手が先に出てしまうという因果な性分だからか、なぜか告発されたほうの園田監督につい同情したくなってしまうんだよね。
暴力はすべてダメといったら、
いじめられている子を助けるための暴力も
否定されてしまうことになる。
ボクは先生にもよく殴られたりケツを蹴飛ばされたりしたけど、ふしぎに恨むことはしなかったな。だってこっちが悪いことしたんだし、その体罰は憎しみから発したものではなかったからな。少なくともその瞬間、心と心の通い合いはあった。
猫なで声の偽善的な指導より、むしろ殴られる指導のほうが人間的ってことだってあるんだ。
もっとも40発殴って、相手が自殺しちゃったなんて話じゃ困る。あのケースはちょっと異常で、偏執的な狂気を感じるね。
この暴力反対の風潮が広まると、次から次へと
密告者が出てきますよ。料理人の世界なんか、
ほとんど暴力の世界だから、マスコミのネタとしては話は尽きないね。でも、そんな魔女狩りなんかやって何の意味があるわけ?
牙を抜かれたおとなしい羊ちゃんばかりの国って、ちょっとキモイね。おれたちもそろそろ
just fade awayの時機かもね。
一応、柔道の指導者として一言。
世間の人々、特にメディアの人々は「武道」そのものを勘違いしていますね。礼法は何のためにあるか?受身は何故必要か?技の掛け方はどうあるべきか?・・・を理解せず(これを説明すると、何時間でも語れますが・・・)全てショースポーツのように感じておられるのでしょうね。
園田君がどの程度の間違いをしたのかは現場を見ていませんから何も申し上げられませんが、ホンモノの柔道の指導者は「殴る」という行為はほとんどしませんよ。(ケツを蹴飛ばす程度は日常茶飯事ですが) 少なくとも、愚生及びその周りにそういう指導者を見たことは・・・「稀です」というのが答えです。(皆無ではありません)
一昨日、さいたま市の昇級審査会が行われましたが、史上最低の受審者数でした。受審者相手に礼法の指導をし、審議担当委員として、審判員を統括する立場としては一連の「柔道バッシング報道」に腹が立ってなりません。
せめて、労師のブログをお読みの方にだけは、メディアの報道だけを鵜呑みにしないで、本当に柔道を生涯教育として実践している指導者が多々いることをご理解いただきたいと存じます。
ややこしい名の胡塞齋様
いつになく誠あふるるコメント、恐縮です。
ボクは剣道はあるけど、柔道というのは
一度もやったことがなく、お写真ですが、
胡塞齋様の勇姿を見たとき、少しく感動を
おぼえました。
日本の武道はいいですね。礼に始まり礼に終わる。でもポイント制のJUDOになってから、
少しおかしな方向へ行ってしまったような気がします。
中学校での武道必修化は実に喜ばしいことで、
ここで徹底的に〝日本人の心〟を植えつけてほしいと思います。
父母からはケガが恐い、という声も上がっているようですが、なんという情けなさ。
ジャングルジムだって逆さに落ちれば死ぬことだってあります。こういう過保護な親には、
胡塞齋様の脳天逆落としの荒技を見せてあげたくなります。
お国のために、これからもご活躍ください。
しまふくろうさま、こんばんは。
おひさしぶりの木蘭でございます。
うちの次男坊くんも柔道をやっておりますので、
園田監督へのバッシングはなんだか黙ってみていられなくなりました。
ある程度の厳しい指導は必要だと思っています。
怪我の多い武道ですから、
気のゆるみから大けがを引き起こしかねません。
厳しい指導のおかげで、
平手打ちくらいですんでよかったね~などと思ってしまうのは私だけでしょうか。
また園田監督のおかげでよい成績をもたらせる事のできた選手だっているはず。
告発した15人。
決死の思いで告発したというならば、
ちゃんと出てこなきゃずるすぎでしょう。
畳の上でなくとも、
どんな場合にでも正々堂々とあるべきです。
「礼」を失する行いをするようでは、
もはやその人達は柔道を続ける資格はありませんね。
教わる立場と教える立場は、
対等であるはずがないのだから。
教わることに対する恩を「教恩」というのです~と、しまふくろうさま、教えてやって下さいな。
木蘭様
今回の事件には〝時代〟というものが色濃く
影響してますね。少し前の時代ならまったく
問題にならないのに、いまは人権を無視した
非道な暴力とされてしまう。
手をあげるのは決して誉むべきことではありませんが、「やむにやまれず」というのは誰にでもあります。
ボクも一度だけ娘をひっぱたいたことがあります。叩かれたほうは悲しいでしょうが、叩いたほうはもっと悲しい、ということだってあるのです。
教わる立場と教える立場が対等であるはずがない――まったく同感です。木蘭さんとはよく気が合いますね。特に日教組が大きらい、というところが(笑)。
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