2012年5月29日火曜日

駑馬の品格

競馬はやらないけど、ディープインパクトという馬だけは好きだった。
「走っているというより飛んでる感じ……」とジョッキーの武豊は言っていた。

2006年末の第51回有馬記念。ディープにとっては最後のレースになると云うので、
そのかっ飛びぶりを目に焼きつけようと、ボクはテレビの前に陣取った。

ディープは最初、後方3番手についていて、いっこうにあがってくる気配が見えなかった。
(そんなにのんびり走ってて大丈夫なの?)ボクは気が気ではなかった。ところが、
第3コーナーを過ぎて直線に入った途端、絵に描いたようなゴボウ抜き。
ゴール200メートル手前で一気にまくりあげ、あっという間にトップに躍り出てしまった。
結果、2着のポップロックに3馬身の差をつけるという圧勝だ。

ディープは神々しいまでに美しかった。ムダを削ぎ落とした形というのは、
どうしてこんなに満ち足りたように美しいのだろう。戦い終わって四肢の筋肉が
まだ荒々しく息づいているディープを見たとき、ボクは言葉にならないくらいの
感動に満たされていた。


――子曰く、驥(き)は其の力を称せず其の徳を称す (憲問第十四)

駿馬(驥)の値打ちはその脚力にあるのではない、その品格(徳)にある――。
なかなか耳の痛い言葉だ。

現代中国はきらいだが、支那の古典、とりわけ『論語』は好きで、かつては
月刊誌に『論語に遊ぶ』というコラムを連載していたこともある。ボクの書斎の
棚には、あんまり開くことはないけれど諸橋轍次の『大漢和辞典』全13巻が
鎮座ましましている。ただの魔除けだ、こけおどしだと言うものもあるが、
支那には何かとお世話になっているのである。

話変わって作家の幸田文は、
「女は薪を割るときでも姿が美しくなければならない」
と父露伴から厳しくしつけられた。その躾は戸障子のあけたてから
酒燗のつけ方にまで及び、祖母には耳の後ろの洗い方まで教わった。

形式主義は堅苦しい。見てくれなんてどうでもいい、食えればいいんじゃないの?
満足に箸を持てない連中はそう言って開き直るが、この〝結果オーライ〟という
考え方が戦後日本の秩序や規範をどれほど壊しつづけてきたことか。
ニッポン人の精神をどれだけ堕落させてきたか。

福田恆存は、《日本人の道徳観の根底は美感である》と言った。
いくら楽ちんだからと、見目麗しい娘が足で障子をバンと開けたら、
せっかくの器量も台無しだろう。

もともと形式主義には人間の喜怒哀楽を最も効率よく表現し得た、
いわば黄金分割的な意味合いが込められていた。本来は、
疾駆するディープインパクトのように単純で純粋に美しい形であったはずなのだ。

省みるに、駿馬どころか駄馬にも劣るわが身だが、
ただべんべんと生き長らえることだけはすまい、と心に誓った。

昨日、今月28日に満98歳になった銀座「ランブル」の関口一郎氏から電話があった。
誕生会には全国から30余名が駆けつけてくれたそうだ。あいにく出席できなかったので、
お詫びの手紙を書いたのだが、電話はその返礼である。98歳にしていまだ現役。
氏にあっては、少なくとも馬齢(ディープよ、赦せ)を重ねていないことだけは確かだろう。

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