2016年3月15日火曜日

千三つ屋を大統領に!

民主党と維新の党がくっついて「民進党」になるという。
当然ながら「なりふりかまわぬ野合」と斬って捨てる声は少なくないが、
せめて党名でも変えて心機一転の〝めくらまし〟をかませなければ、
党の存続すら危ぶまれる、というのだから、新党の脈はすでに上がっている。
「羊頭をかかげて狗肉を売る」といったら台湾本家の民進党(正式名は民主進歩党
には失礼だろうか。〝民進党日本支部〟に雁首ならべた有象無象は、
せいぜい見かけ倒しの狗肉売りに精を出すことだ。

日本では「リベラル」というと、いかにも知的な感じがして聞こえがいい。
辞書で引くと「自由主義を重んじるさま、進歩的な人」などとのんきなことが書いてある。
字面を追うだけなら、ボクなんかまさにリベラリストそのものだが、
日本のリベラル派というのはちと趣を異にする。その特徴をいくつか挙げると、
●すでに崩壊している社会主義に、今もって心情的なシンパシーを寄せている。
●何かというと反体制、反権力を気取りたがる。
●自分は安全地帯にいながら、口先だけで革新や改革を唱える。
●いつだって「反自民」で、朝日や毎日の社説をオウム返しに言う癖(へき)がある。
●「若い頃はゲバ棒で機動隊とやり合ったんだ」が孫への唯一の自慢話。

また一般に「保守=タカ派」「リベラル(革新)=ハト派」というイメージもある。
おまけに「タカ派=好戦的」、「ハト派=平和的」と考えられてもいる。
政治や歴史に不案内な人たちは、改憲を唱える保守タカ派の自民党などより、
ハト派のリベラル政党に投票したほうが日本の平和が保てそう、
などとつい考えてしまいがちだが、実際はそうではない。
平和主義者が多いリベラル政党のほうがむしろ危ういのである。

アメリカではいま、大統領選の予備選が繰り広げられ、共和党のトランプ候補
や民主党のサンダース候補の奮戦ぶりが報じられているが、考えてみれば、
片や「千三つ屋(せんみつや)=不動産屋」のトランプで、こなた「社会主義者」の
サンダースというのだから面白い。三流役者のレーガンだって立派な大統領だった
のだから、千三つ屋が大統領になれない道理はないけれど、不法移民の流入が
絶えないからとテキサスとメキシコとの国境にthe Great Wall(万里の長城)を
築いてしまえ、というのだから笑える。

テキサス州とカリフォルニア州にはスペイン語の地名が多い。
なぜならもともとメキシコの土地だったからだ。テキサスはかつて
メキシコの一州だったが、奸智にたけたアメリカはテキサスに移住したアメリカ人に
独立運動を指嗾(しそうし、いったん独立させた後、自国に帰属させてしまった。
メキシコ人の側からすれば、
「もともと俺たちの土地じゃないか、そこに移住して何が悪いんだよ!」
という理屈だろう。
クリミア半島のロシア帰属をアメリカはしきりに非難するが、
「そんなもん、言えた義理かよ」というのがボクの言い分である。

さて話を戻すと、アメリカ民主党リベラル派(日本の旧民主党も同じ)の危うさについてである。
アメリカという国は〝世界の警察官〟みたいに言われているが、実際は〝戦争屋〟と
呼ぶほうがふさわしい。それも民主党政権の時に多く戦争が起きている。

第2次世界大戦はどうか。あれは民主党のルーズベルト政権の時だった。
広島と長崎に原爆を落としたのも民主党のトルーマン政権。同じく朝鮮戦争
もトルーマン政権で、ベトナム戦争も介入に踏み切ったのは民主党のケネディ政権
だった。そしてケネディの跡を継いだジョンソン政権が本格的な武力介入をおこなった。
つまり世界を揺るがした戦争の多くはリベラルな民主党政権時代に起こったのだ。
民主党=ハト派で平和的というイメージが強いが、実際は逆なのである。

何度もいうが、ボクは日本ではタカ派の自民党を支持し、
アメリカでもタカ派の共和党を支持している。だから、「千三つ屋」トランプの
怪?進撃にはいくぶん戸惑ってもいるのだが、民主党のクリントンやサンダースが
大統領になるよりはマシだろうから、いまはただ静観するのみだ。
リベラル派ぎらいが嵩じると、千三つ屋でも三百代言(ルビオ候補のような弁護士あがり
でも応援したくなってしまうのだから、自分でもいやになる(笑)。

さて日本では7月に参院選が実施される。
「変わりばえしない自民党より衣替えした民進党のほうがよさそうね」
などとは、くれぐれも思わないことだ。民主党政権時代のあの〝混迷の3年半〟を
決して忘れず、「左翼リベラル政党=愚者の群れ」と肝に銘じることである。

いくらお色直しをしようが中身はまったく変わっていないし、変わりようがない。
相変わらずの愚者の群れで、こんな奴らに税金でタダ飯を食わせてやっているのか
と思うと胸クソ悪くなり、心悸まで昂ぶってくる。
※脚注 国会議員の歳費(給料)は年間2200万円ほど。それに文書通信交通費やら政党交付金やらが加えられますから、
年間4400万円ほどがふところに入ります。この金で豪遊し、不倫をし……いや、失礼。マジメな議員も少しはいます。

再三くり返して恐縮だが、鉄血宰相ビスマルクの名言をひとつご披露する。
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

←千に三つも本当のことを言わない、
千の物件のうち三つくらいしか成約が
ならない、という意味から不動産屋は
「千三つ屋」と蔑まれました。不動産屋には
娘を嫁にやらない、とまで言われました。
今はもちろん違いますが、この千三つ屋の
王といわれるトランプ氏。意外や、歴史に残る
名大統領になったりして……


※追記
ちなみにボクは改憲論者ではありません。
自主憲法制定論者」です。
なぜなら現行憲法は日本が主権を失っていた時期に
制定されたものだからです。つまり近代憲法としての
正当性をそもそも欠いているのです。したがって
速やかに廃棄し、新憲法制定に着手すべきなのです。護憲派はその
意味でも日本人としての矜恃を欠いた隷属的精神(メカケ根性ともいう)
の持ち主という外ありません。

2016年3月8日火曜日

〝老いるショック〟をぶっ飛ばせ!

近頃やけに「老い」を感じる。
顔にシミが多くなった。肌に艶がなくなってきた。
首回りがたるんで、つまむとなかなか元にもどらない。
もちろん白髪が増え、ヒゲはほぼ真っ白けになった。
臍下三寸のお毛々にも白いものが混じっている。

キャッチボールでも、以前のようなスピードボールが投げられなくなってきた。
泳いではバタフライに精彩を欠いている。バッタは上半身の力で泳ぐものではない、
リズミカルに腰を使って泳ぐ。その腰にしなやかさとネバリがなくなってきたのだ。
自分では若い若いと思っていても、やはり衰えはひたひたと忍び寄ってくる。

以上は「カラダ」の衰えだが、これはまあ、しかたがないだろう。
もう若い頃のように跳んだりはねたりはできないし、
若い娘っこから恋文を渡され「好きです」などと告白されることもない。
ときどき団地内のバアさんたちから秋波を送られることはあっても、
切った張ったの色恋沙汰になることはまずない。
ああ、すべてが一場の春夢……人生はほんとうに儚くも短い。

女性は男性以上に〝老い〟に敏感だ。
毎日、鏡に向かって化粧をしているせいだろう、
老いの兆候に対しては異常なほど過敏になっている。
ボクの女房などは白髪1本で世も末とばかりにギャーギャー騒ぐ。

テレビでは〝アンチ・エイジング(抗老化)〟を謳ったスキンケア商品や
サプリメント健康食品などのCMが花盛りで、市場規模も数千億円と
年々増大している。娘時代は貴重な時間とエネルギーのほとんどを
「過食」と「拒食」の間を往ったり来たりすることに費やしてきた彼女たちが、
こんどは「アンチ・エイジング」一本にしぼって金と時間をつぎ込んでいる。

ボクはその健気なまでの努力を嗤いはしないが、老化を力ずくで押しとどめよう、
などとはさらさら思わない。むしろ「老化」を楽しむようにしている。
鏡をのぞけば、たしかに白髪白髯の生気のないおっさんが映っている。
(でもね……)
とボクは思うのだ。けっこう年相応にカッコいいじゃん――。

なるほど「カラダ」は衰えたが、「ココロ」はむしろ尻上がりに爛熟に向かっている。
その充実ぶりが顔の表情にも出てくるのか、どこか駘蕩とした雰囲気が漂っている。
若い頃の顔には不安と驕慢が同居していた。未熟そのもののいやな顔だった。
そしていま、自分でもふしぎな心持ちなのだが、
(60数年生きてきて、いまの顔がいちばん好きだな)
と、臆面もなく言えてしまうのである。

世の中には、ある年齢にならないと分からないことがある。
親の年齢になって初めて「ああ、親父はこのことを言ってたのか」
胸にストンと落ちてくる。偉人たちの箴言が素直に腹にこたえる。
読書尚友」を地でゆき、死んだ人ばかりを友としてきたボクのような人間は、
この〝予定調和〟的な考え方が、やけに身に滲むのである。

〝老い〟にあわてふためき、アンチ・エイジングに血道を上げるのもけっこうだが、
「老いるショック」をものともせず、むしろプラスイメージに変え、
前向きに生きていけたら、と思う。
そこで今回のテーマにふさわしいお上品な替え歌をひと節考えてみた。

   

  ♪  60歳になったら
      60歳になったら
        愛人100人 できるかな
      100人と やりたいな
      差しつ差されつ 蛇の目傘
      スッポン スッポン スッポンポと     (童謡『一年生になったら』の加齢バージョン)  






←娘たちが小さかった頃、
みんなでよく歌ったな。

2016年3月1日火曜日

ブルージーンと皮ジャンパー

3月1日、2017年卒の大学生の就職活動が解禁になった。
〝一浪一留〟のダメ学生だった40年前の自分をふと思い出す。

ボクは「就活」なるものをいっさいしなかった。
会社訪問も先輩訪問もしなかった。
(まあ、いざとなったら何とかなるだんべェ……)
ノーテンキにもまるで切迫感がなかった。
他人事みたいにのんびりしていた。

リクルートスーツにも縁がなかった。
「服装で目立とうとしてはいけない」
だから〝黒系〟を選べ、などという「就活の鉄則」も知らなかった。
髪だって長髪のままだったような気がする。

だから筆記試験にしろ面接にしろ、普段どおりのカッコウで通した。
すなわち革ジャンにブルージーンズ姿である。
おかげで、やけに目立った。完全に浮いていた。

その〝空気の読めない、非協調的な、あるいは反社会的なポーズ〟
が、「危ない人」と見定められたのか、受ける先からことごとく落ちた。
企業側は「普段どおりのカッコウでどうぞ」と言ってる割には、
それを真に受けた学生をしっかりふるいにかけていた。

新聞社、通信社、出版社、製薬会社、鉄鋼商社……あとはもう忘れたが、
この田舎出の〝革ジャン男〟は試験を受けるたびに袖にされた。
ある通信社の面接に臨んだら、
「外国語は最低1ヵ国語はしゃべれますよね? できればもう1ヵ国語も……」
と訊かれた。脈はなさそうだったので、
「失礼いたしました」
と、その場からそそくさと立ち去った。

十数社受けてすべて不合格。親の心配顔を見て、さすがに焦った。
敗因分析をしたら「そうだ、背広を買いにいこう!←そっちかよ!
ごく単純な結論に至った。赤点だらけのひどい学業成績を棚に上げ、
敗因をもっぱら革ジャンのせいにした。

急いでデパートへ走り、奮発したのがダーバンの青い吊しのスーツ。
そしてピエール・カルダンの赤いネクタイ。
髪も小ぎれいにカットした。見違えるような貴公子ぶりだった(←自分で言うな)。

おかげで、小さな出版社に合格した。大企業どころか、超零細企業である。
面接時に女社長から、
「あなたはたいそう目立ちたがり屋のようね」とイヤミを云われた。
赤いネクタイを見て、自己顕示欲が強いと思ったのだろう。←大当たり~!
編集部長が、
「君はドイツ文学専攻とあるけど、特にどの作家を研究したんだい?」
「ハイ、実はドイツ文学はからっきしでして、
在学中は小林秀雄ばかり読んでました

すかさず他の面接官が小林秀雄に関する質問を次々と浴びせかけてくる。
ボクは得たりとばかり、的確に応えていく。それはそうだろう、
高校時代からほぼ10年間、小林秀雄一色に染まった生活を送ってきたのだ。
小林秀雄に関することなら女性関係でも何でも知っている。
その一点集中型のこだわりぶりに面接官も強い印象を受けたようすだった。

この小さな出版社には13年間奉職した。
そして独立し、フリーの〝100円ライター〟に。
カミさんは、同じ雑誌の編集部で机を並べていた同僚だ(←「芸がないね」と言わんといて)。
この出版社に就職していなかったら、もちろん娘たちは生まれてこなかっただろうし、
和光市に居を構えることもなかった。つまりバンド仲間やキャッチボール仲間、
それにかわいい〝団地妻たち〟と知り合うこともなかった(笑)。

思えば、すべてが偶然の産物とはいえ、どこか〝運命的〟なものを感じる。
もしも革ジャンにジーンズでなく、就活スーツを身にまとって、地道に会社訪問を
積み重ねていたら……別の会社のサラリーマンとなり、別の女と所帯を持ち、
それなりに幸せに暮らしていたにちがいない。

で、つくづくボクは思うのだ。
いまの生活があるのは、あの「ブルージーンと革ジャンパー
おかげではなかろうか)と。
革ジャン姿で就活し、ことごとく門前払いを食らい、最後の最後、
首の皮一枚で小さな出版社に引っかかった。そのおかげで女房と出会えた。

就活に突入する学生たちよ。
一流企業に入ることだけが人生の最終目標ではあるまい。
食い扶持を稼ぐ場所なんて、どこだっていいのだよ。
富貴を求めるのもけっこうだけど、こんな古諺だってありまっせ。
    立って半畳寝て一畳、天下とっても二合半
そういえば渋谷宮益坂に元相撲取りが経営する「二合半」という居酒屋が
あって、よく通ったな。あの店、まだあるのだろうか。

毎日二合半以上飲んでいるボクなんか零細出版社を経た後、
ほぼ30年間、ずっと1人でやってきた。
カミさんも同じ。ふたりとも腕一本脛一本、ずっとフリーでやってきた。
生活は決して楽とはいえないが、福澤諭吉の「痩せ我慢の哲学」をもろ実践し、
目いっぱいミエを張って生きてきた(笑)。また曲がりなりにも娘2人をぶじ育てた。

自分をいちばん輝かせるにはどうしたらいいか。
人に負けない「something」を何か持っているか。
芸は身を助く、というが、自分が熱中できるsomethingさえあれば、
どうにかこうにか食っていけるものである。

就活なんてあまり〝大ごと〟に考えないほうがいい。
自分で選んだ道を、脇目もふらずまっしぐらに歩んでいけばいいのだ。
目の前に与えられた仕事をバカまじめにこなしていけば自ずと道は開けてゆく。
瞬間、瞬間の選択が、まぎれもない自分だけの道だ。





←この中で「革ジャン+ジーンズ姿」って
けっこう勇気要るよね←ただの「匹夫の勇」だろ!

2016年2月21日日曜日

晴耕雨読もまた楽し

昨日、ヒマにあかせて3冊の本を読んだ。
ボクは速読家なので、日に3冊程度なら少しも苦にならない。
その3冊の読後感を少し書く。

住んでみたヨーロッパ 9勝1敗で日本の勝ち(川口マーン惠美、講談社+α新書)
イギリス在住のマークス寿子やドイツ在住のクライン孝子の本は西洋との比較のなかで、
「こんなところが日本人のダメなところ」などと、日本および日本人を上から目線で
こきおろすところがある。彼女らの論調はいつだって「日本はダメだけどイギリス、ドイツは
すばらしい」というもの。自虐趣味のある人間には心地よいのかもしれないが、
愛国主義者のボクには不向きだった。

その点、ドイツはシュトゥットガルト在住30年のマーン惠美はボク好みだ。
結論としては「日本人は世界一の楽園に住んでいる」ということなのだが、
双手を挙げて日本を礼讃しているわけではない。
《東京は魅力的だが、その風景は混沌としている。私たちは統一した景観をつくる
ということに関しては大失敗してしまったようだ》
こう落胆するが、
《これほど多くの人間が住みながら、これほど清潔で、これほど多くのことが
スムーズに機能する都市は、東京をおいて世界のどこにもない》
と、欧米の「ストック型社会」に対する「フロー型社会」のダイナミックな律動感
をしっかり評価している。

思想信条もボクと同じ。EUに対する悲観論もボクと同じ。
ヨーロッパは1つという〝夢〟から始まったEU。しかしその夢はことごとく破れ、
《EUは今や要塞だ。自分たちの富を囲い込み、
貧しい国の人々を寄せつけないための要塞である》
と悲しく断じている。
ああ、EUはついに排他主義と利己主義の集団に成り下がってしまったのか。

ところで、日本礼讃本のなかに、『ハーバードでいちばん人気の国・日本』という
のがあるが、この本は期待外れだった。ただ「新幹線お掃除劇場」の章だけは面白い。

■『コーヒーの科学旦部幸博、講談社ブルーバックス)
「カフェ・バッハ」店主・田口護との共著『コーヒー おいしさの方程式』につづき、
旦部が総力を挙げて書きあげた力作だ。科学的見地からコーヒーを分析した本で、
これに優る本は、向こう100年くらい出ないのではないか。ただ難しすぎてボクみたいな
「文系人間」のカボチャ頭には荷が勝ちすぎるのも事実。それでも頑張って読了した。
おかげで頭の芯がいまだにジンジンする。さすが〝Mr. ブタンジオン先生〟の本である。
身体に変調をきたすくらい中身が濃い。

ご存じのように、コーヒーおたくのMr.ブタンジオン先生はネット上に『百珈苑BLOG』なる
サイトを開設していて、本ブログでもおなじみの帰山人の『珈琲漫考』と並称されるほど
の人気サイトに育っている。ボクみたいな〝非コーヒーおたく〟からすると、何が何だか
サッパリわからないサイトなのだが、コーヒーに関して〝くるくるパー度(コーヒー偏差値)
の高い人たちにとっては、感涙にむせび泣くほどに中身が濃いらしい。

中身がみっしり詰まっている分、熟読玩味するには少しばかりの忍耐と根性が要る。
知識なんかさほどなくても根性があればいい。困難に立ち向かう根性さえあれば
十分読み切れるし、おぼろげながらエッセンスもつかめる。が、読後、
しばらくは帯状疱疹並みの頭痛が残る。たぶん良書の証しなのだろう。


居眠り磐根 江戸双紙50 竹屋ノ渡(佐伯泰英、双葉文庫)
ようやく終わってくれそうな気配である。このシリーズはけっこう面白いものだから、
次から次へと読み進んだものだが、40巻くらいから息切れがしてきて、
(まだ続くのかよ……)
だんだんいやになってきた。それでも作者は「51巻目で幕にします」と宣言している
から、まあここまでつき合ったんだから、最後までお伴してやるか、とその後も
アマゾンで買い続けた。

そして正月に同時発売されたのが50巻目と51巻目。
しばらく本棚の上にほったらかしておいたが、
(そろそろ引導を渡してやるか……)
と手に取ったのがこの50巻目。けっこう面白い。
そして昨夜、最後の51巻目の半ばまで読み進んだ。

主人公の坂崎磐根は相変わらず強い。いや強すぎる感があって、
相対的に刺客の弱さがいつも際立ってしまうのだが、まあ、強い分には
こっちも安心して読めるから、精神衛生上はすこぶるよろしい。
また息子の空也が父を凌ぐほど強くなっている、というのも嬉しい。
雑賀者の霧子が好きなボクとしては、もっと彼女の活躍する場面をつくってほしい
ところだが、磐根の取り巻きはいかんせん多いものだから、まんべんなく活躍させる
というのもつらいところだろう。読んでるこっちはお気楽でいいが、作者としては骨身を
削るほどの難行苦行にちがいない。

全51巻のシリーズというのはかなり長い部類だと思うが、
よくまあここまで引っぱってきたものよ、と心底感心する。
しかし、いかんせん長すぎましたね。


←それぞれに読みごたえがありました






2016年2月13日土曜日

不倫よりプリン

明治期、総理大臣や蔵相を歴任した松方正義は世に聞こえた艶福家だった。
明治天皇に、
「松方、おまえの子供は何人か?」
と聞かれ、
へい、ソロバンを拝借
と答えたという逸話がある。なんと、その数150人。
つまり〝囲いもの〟がいっぱいいて、日夜子づくりに励んでいたということだ。
半分うらやましくもあるが、すべてのお妾さんにまんべんなくサービスして回るのも、
それはそれで大変だっただろう。それでも90歳まで生きたというのだから、
絶倫だっただけでなく生命力も強かった。

松方以上に助平だったのは伊藤博文だった。片っぱしから女に手をつけ、
「箒(ほうき)の御前」の〝尊称?〟を奉られていた。箒とは女を撫で斬りにするという
花柳界の隠語で、男として最も恥辱とされたらしい。伊藤はまだ下草もまばらな
〝半玉〟まで撫で斬りにし、「千人斬り」の異名をとった。手当たり次第で見境がない。
かつて千円札の肖像になったことがあるが、「マン札でなけりゃ理に合わん
という声もあった(笑)。

つい最近まで艶福家は尊敬される対象だった。
戦前までは、関西などでは夫が妾をもつことを誇りとする風があった。
「うちの主人は働きもんやよって、お妾やら置かはる」
「うちのは新町にも北にもお妾置いてまんねん。えろう稼ぎの多い
お商売上手の旦那はんですよって。偉いと人も思いまっしゃろ」
そして正夫人とお妾さんの仲がよいと、「賢夫人」などと褒め称えられた。

        金も出来たし 着物も出来た
            そろそろ 旦那と 別れよう

という都々逸があるが、お妾は「一櫛、二帯、三小袖」といって、
これを右から左へ流せば(←昔なら質屋、今はブランド品買取店で)、高額な金に換わった。

民主党のloopy鳩山由紀夫は妾の子だ。
実父の威一郎が石橋安子と結婚する前に朝鮮人の妾に産ませた子で、
つまり弟の鳩山邦夫は異母兄弟ということになる。一説には祖父の一郎
が朝鮮人の女に産ませた子、ともいわれていて、まさに〝謎〟だ。
また一郎の実父で、衆議院議長を務めた和夫も、これまた〝箒御前〟だったという。
甲斐性持ちと呼ばれた男たちは、どいつもこいつもそろって艶福家だったようだ。

さて、自民党の宮崎謙介衆院議員が、妻の出産直前に女性タレントと〝H〟を
していたことがバレてしまい、とうとう議員辞職するハメになった。
出産に合わせて〝育児休業〟を取ると宣言していたものだが、それこそ〝意気地〟
のない結末になってしまった。不倫ではなく、プッチン・プリンでも食べていれば
よかったものを……身のほど知らずの大バカ野郎である。

ところで、世界的な歴史人口学者のエマニュエル・トッド博士は、こう言っている。
《どうも日本人は結婚ということを厳密に考えすぎるように思います。もっと気楽に
結婚して、もっと気楽に離婚してもよいように思います。そうすれば、もう少し
子供の数も増えるでしょう。これは冗談ですが、比較的経済力のある男性が、
妻以外の女性にも子供を産んでもらったら、少子化の問題などいっぺんに
解決するのではありませんか(笑)。

お妾さんは明治15年、刑法改正で非公認となった。それまでは二親等で、
妾といえども人のものに手を出せば「姦通罪」が成立した。さらに明治31年、
民法の改正で法律上は妾という存在が否定され非合法となった。

ああ、いっぺんでいい。松方正義みたいに、
「へい、ソロバンを拝借」
などと言ってみたい。男ならみんなそう思うはずだ。

宮崎議員を吊し上げ悦に入っている記者やカメラマンたちだって、
〝不倫〟の〝ふの字〟も知りましぇーん、といった朴念仁ばかりじゃあるまい。
自分の助平を棚に上げて、よくまあ正義漢面ができるなあ。

たしかにあいつは女房を裏切った人でなしのサイテー野郎だけど、
あの程度の「魔が差した経験」なら誰にだってあるだろ。
「ない!」というやつはたぶん〝タマ無しの偽善者〟だな(笑)。

あんなもの、単なる発情男の〝火遊び〟だ。寄ってたかって吊し上げるほど
のものではあるまい。この世に清廉潔白な男なんざいやしないのだから、
一度や二度の〝過ち〟くらい、許してやったらどうだ。

政治家は政治さえしっかりやってくれればいい。「臍下三寸」が暴走しようがしまいが、
それはごくごくプライベートな問題で、われわれが関知すべき問題ではあるまい。
それを言ったらヒヒ爺の伊藤博文や松方正義なんて1日とて保ちやしない。
下半身の問題は夫婦あるいは関係者が解決する外ないのである。


ああ、「蓄妾」が大目に見られていた、大らかな時代が懐かしいよ。
蓄妾は決して犬畜生の所業ではありませんぞ。





←去る10日に発売された『サライ』3月号。
第2特集の巻頭言を書かせてもらった。
ただしこのプロファイル写真(「蛮爺's」の公演風景)は、
本ブログの投稿でもおなじみの、コーヒーおたく帰山人が
いたずらして差し替えたものだ。
まったく、あの腕白おやじときたら……(笑)。







※追記
後日、この〝ゲス宮崎〟は、複数の女に結婚を
持ちかけ、「ボクの胸に飛びこんでおいで」などと
甘言を弄していたことが発覚。
「許してやれよ」と書いた不明を恥じる次第であります。
とんでもないペテン師野郎です。即刻、宮刑に処すべし!

2016年2月7日日曜日

帯状疱疹と誕生会

■2月某日
帯状疱疹にかかってしまった。
髪の生えぎわに赤い吹き出物がポツポツできたと思ったら、
首筋、胸、肩、背中の右半分に蕁麻疹のような湿疹が広がってきた。
アレルギー性の湿疹など珍しくないので、放っておいたらみるみる成長。
(これは尋常ではないな……)
ネットで症状を書きこみ検索したら、「帯状疱疹」の症状と一致している。
帯状疱疹は子供の頃にかかった水疱瘡のウィルスが神経節に潜伏していて、
数年後あるいは数十年後に突然復活するというタチの悪い病気。
ストレスや加齢などで免疫性が落ちるとかかるらしい。

ふつうは3週間~1カ月で治るらしいが、ヘタをすると皮膚症状が回復しても
痛みだけが継続して残る「帯状疱疹後神経痛」になる可能性もあるという。
とにかく皮膚の腫れも尋常ではないが、間欠的におそってくる刺すような痛み
がつらい。ボクの場合は、針で頭を数秒おきに刺されるような感じで、
思わずイタタタタ……と叫んでしまう。それもそのはず、某医者は、
「頭痛の激しさはガンの痛みに次ぐほど」と言っている。ああ、神様仏様、助けて!

■2月某日
ボクと長女の合同誕生会を銀座の『エル ビステッカーロ』で開く。
出席したのは他に女房と次女夫妻。幸い帯状疱疹は顔には出ていないので、
〝端正な顔〟を隠さずに街を歩くことができた。銀座はボクの庭みたいなもの。
久しぶりに歩いたら、やたらと中国語が耳に飛びこんでくる。
(ああ、おれの街もついに騒々しい支那人観光客の軍門に下ったか……)
気分は落ち込む一方だった。

中央通りを外れ、一筋入ったら、通りの植え込みに手を伸ばしている支那人の
おばさんがいた。植えられている赤い椿をこっそり手折らんとしているのだ。
「コラッ! 何てことをしてるんだ、やめないか! 」
かなりきつい調子で叱ったら、いったん手を引っ込めたが、
まだあきらめきれない様子だった。おそらくボクがいなくなったら、
また戻ってきて枝を折るつもりなのだろう。まったく支那人ときたら……

会食は予定どおりはじまった。
ボクと婿さんはいつものように生ビールをたのみ、その後は赤ワインにした。
料理はどれもうまい。基本はローマ料理で、ローマっ子のSabrinaを連れてきたら
さぞ喜んでくれるだろう。ボクは以前、ノロウィルスにやられ誕生会を台無しにした
前科があるので、帯状疱疹のうずくような痛みはなんとか意志力で押さえつけた。
せっかくのお祝いの席で痛みに歪んだ顔はできない。ボクはワインをガブ飲みした。
痛み止めの麻酔のつもりである。

女房と長女、そして次女夫妻とは有楽町の駅で別れた。
みな次女の家まで遊びに行くという。ボクはひとり有楽町線に乗り、
一路和光市へ。酔いも手伝ってグーグー寝てしまったのだが、
小竹向原駅で和光市直通の各停に乗り換えてくれと車内アナウンスがあった。
てっきり一本で行けると思ったのだが、西武池袋線の保谷行きに乗ってしまったのだ。

あわてて乗り換えてホッとしたのもつかの間、
(いっけねえ、網棚に娘たちからもらった誕生プレゼントを置き忘れた!)
ひと駅先の新桜台の駅で「網棚に忘れ物をしてしまいまして……」と駅員に報告。
すぐに手配してもらい、そのまま連絡先を残しひとまず帰宅した。

ほどなく新桜台駅の駅員から連絡が入った。
それらしき紙袋が発見されたという。ついては石神井公園駅に保管しておくから
すみやかに受け取りに行ってくれ、というメッセージだった。
(ああ、よかった。もしも見つからなかったら、娘たちやカミさんから総スカンを食ってしまう。
へたすりゃ、血を見るかも……)

ここでも日本に生まれてよかった、としみじみ思う。
忘れ物、落とし物がよほどのことがない限り手もとに戻ってくる。
こんなすばらしい国は世界中どこを探してもないですよ、
とわが家にホームステイする留学生たちもよく言っている。

というわけで、翌日の今朝、ボクは車を飛ばし石神井公園駅で〝ブツ〟を確保。
ホッと胸をなで下ろした。
帯状疱疹といい、支那人観光客のババアといい、網棚への置き忘れといい、
なんともついてない1日だった。でも、家族の「ほっこりした愛」を感じた1日でもあった。




←『エル ビステッカーロ』で食べた料理。
どれも実にうまかった。





photo by Akko

2016年2月4日木曜日

朝日の読者は〝くるくるパー〟

いま開かれている衆院予算委員会の質疑だが、
例によって民主党や共産党の、質問とはいえないような
〝言いがかり〟や〝揚げ足取り〟〝誹謗中傷〟は目にあまる。
それでも与党率いる安倍首相は堂々たる受け答えで、
格の違いをあらためて思い知らせてくれる。

それにしても民主党の岡田代表や共産党の志位委員長の
〝くるくるパー度〟は群を抜いている。ただ反対するだけで、
安倍首相が「反対するなら対案を示してくださいよ」と応じると
口をつぐんでしまう。最初から気の利いた対案などないし、
そもそも頭が悪いから現実に即したアイデアなど浮かびようがない。
自民党にはとにかく反対する。どんなすばらしい法案でも反対する。
日本の野党はまるで〝パブロフの犬〟並みのオツムなのだ。

このバカ犬たちが頼りにしている新聞が朝日や毎日などの左翼系反日新聞だ。
その昔、朝日新聞の入社時の願書には「支持政党」を書きこむ欄があったという。
1970年代の話だが、
「仲間内では共産党と公明党はペケ。自民党は論外。民社党もきつい。
支持政党なしもダメ。日本社会党(現・民主党)と書くしかないんだ」
という噂が流れていたという。この内輪話を披露しているのは元朝日新聞記者の
永栄潔氏。つまり受験生の思想調査をしているわけだが、合否判定の最終段階では、
公安警察の協力を得て一人一人身元調査をしていたという。

ボクは筋金入りの反共主義者(元はマルキストだけどね)で、左翼思想にかぶれた
人間を見ると、こっちもパブロフの犬みたいについ「お気の毒に」と思ってしまう。
何度もいうが、ボクはいわゆる〝転向者〟だ。サラリーマン時代に味わった労働運動
の矛盾によって目が開かれ、物事の判断には複眼的な視点が必要だ、と痛切に思った。
どんなに正しいと思っていても、いっぺん逆の立場になって考えてみると、
絶対的に正しいと思ったことが必ずしもそうではない、ということがわかる。
ボクが左翼に対しても右翼に対しても不満なのは、彼らの体質が偏狭な精神と
複眼的思考の欠如といったものに他ならず、そこから一歩も出ていないことだ。
ある種のイデオロギーに凝り固まっていては真実など決して見えやしない。

「お気の毒に」の対象者は朝日や毎日、東京新聞などを愛読している人たちも同様で、
この人たちはインテリを気取っているが、実際は知能レベルが低く、
イデオロギーに左右されやすい、いわば発達障害ともいえる
かわいそうな人たちなんだな……)
と、心から同情してしまうのである。

団地の中にも「お気の毒な人たち」はいっぱいいる。
彼らに対しては敬して遠ざけるのが一番で、少しでもそのニオイを感じたら、
すたこらさっさと離れるに越したことはない。以前、朝日大好き人間と駅前で
酒を酌み交わしたことがあるが、案の定、大ゲンカになり、互いをバカ呼ばわり
するハメになってしまった。この元商社マンで年上のガチガチ左翼は、
サンケイ新聞を「おっかない新聞」「話題に出すだけでも恥ずかしい」などと曰わった。
ボクは「朝日こそ平気で国を売る恥ずかしい新聞じゃないか」と思っているから、
話がかみ合うはずがない。


ここで誤解を避けるためにちょっとだけ自己紹介。
   ●支持政党は「自由民主党」
   ●購読新聞は「読売新聞」、ただしネットでは「産経ニュース」
   ●思想的には「中道から〝ちょっとだけ〟右寄り」
   ●好きなビールは「よなよなエール」「東京ブラック」
   ●好きな女優は「綾瀬はるか」「波瑠」「本田翼」「高畑充希」「コート・デ・パブロ
   ●好きな映画は「許されざる者」「シネマパラダイス」
   ●好きなテレビドラマは「NCIS
   ●好きな国は「日本国」
   ●きらいな国は「美国」「支那」「テーハミング」
   ●好きな歌は「愛燦々」「ずっと好きだった」「君が代」


これらを読んで思想信条や女の趣味が合わねェな、
と思ったらさっさと見限っておくんなまし。
別に引き留めやしませんから(笑)。
ボクは残る余生を「思想信条を共にする人たち」と心安らかに過ごし、
少しでも日本国のためになることをしたいと考えているので、
「反日的ポーズ」を気取る〝くるくるパー〟の人たちとは「席を同じうせず」
でやっていきたいのです。どうか悪しからず。



←波瑠ちゃん、かわいい!
ちょっぴり天然のところがまたいい