●5月某日
玄米食(100%)を始めて2週間になる。これに北海道産の黒千石大豆を炊き込む
こともある。3合炊いて1人前ずつに小分けし、冷凍してしまう。それらを毎食ごとに
取り出してレンジで〝チン〟。噛みごたえがあるから、たいていは一膳で済んでしまう。
おかげで出っ腹がひっこみ、本来の割れ腹筋が蘇ってきた(ような気がしないでもない)。
女房は麦も玄米もお嫌いなようで、100%「銀しゃり派」。だからごはんは別々に炊く。
なぜ玄米食にしたかというと、身体が欲しているからだ。「もう白いごはんは要らない」
と身体が訴えている。たぶん日頃の不摂生が祟って、本能的にアラームを発している
のだろう。実は数カ月前、特定健診を受けたのだが、どこもかしこもよくないことが
判った。特に〝肝腎かなめ〟の肝と腎がよくない。その他、血糖値、尿酸値、血圧、
コレステロール値などが軒並み〝danger zone〟に突入していて、このままだと
「長生きできませんよ」と警告を発している。
というわけで、ただべんべんと生き長らえたいと虫のいいことを考えているボクは、
卑怯未練にも玄米食に切り替え、腎のためにハトムギ茶を飲み、ビタミンEが豊富で
抗酸化力の強い米油を急遽、ネットで注文した。そのおかげかどうか知らないが、
最近、すこぶる調子がいい。お酒もうまい。で、つい深酒してしまうのだが、玄米と
ハトムギ茶と米油と赤ワインさえあれば天下無敵、と勝手に決め込んでいる。たぶん、
こういうお目出度い男は周りに迷惑をかけながら長生きするのだろう。
●5月某日
7月25日に開催される団地の夏祭りで、7年ぶりにステージに立つ、とはすでに報告
済みだ。今回はハモンドオルガンを弾く相棒NICKとのデュオである。で、練習のため
たびたびNICKの家におじゃまし、NICKが焙煎したというコーヒーを飲みながら、
オルガンに合わせて蛮声を張りあげている。最初は20分くらいの演奏かと思ったが、
出演者が少ないので、45分間、なんとか場を保たせてくれと頼まれてしまった。
結局、8~9曲歌うことになったのだが、はたして観客を飽きさせず舞台を務めることが
できるかどうか。それが問題だ。
●5月19日(火)
本日は嶋中労の「労」の字をいただいた竹中労先生の祥月命日(1991年没)だ。
先生のことは「竹中労務店」ですでに触れたが、案外存在が知られていないので、
再度書く。《竹中労は革命家であり、アナーキストだ》と竹中に関する著作をもつ
鈴木邦男は言っている。若い頃は日共の党員で、フリーのルポライターを始めてからは
雑誌『女性自身』を舞台に多くの歌手や芸能人を取材した。その成果が『芸能人別帳』
であり『無頼の点鬼簿』だ。
竹中労の文章はパワフルだ。遠慮なくズケズケ書く。
当人が言ってないことまでズケズケ書く。そのことを指摘されると、
労先生、少しも慌てず、
《いや、芸能人は言いたくても言えないのだ。それを代わって書いてやるのだ》
と曰う。
これにはボクも同感。労先生は歌手や芸能人、政治家センセーの〝自叙伝〟
なども多く代筆した。その〝えんぴつ無頼〟に憧れるわたくしめもゴーストライター
として売文業に憂き身をやつしている。たしかに時に言ってないことまで書いてしまう。
むしろそっちのほうが多かったりして……(笑)。
ボクは「憑依(ひょうい)」という言葉を弁解がましく使うのだが、
ゴーストになって文を書いている時は、「著者」の霊が乗り移ったような状態で
書いている。だから恐山のイタコの口寄せと同じで、まぎれもないボクの言葉で
はあるのだが、同時に著者の言葉でもある。ボクはイタコ(♪潮来花嫁さんは~)なのだ。
それにしても竹中労はかっこいい。
三島由紀夫の死について書いている文章があって、
《ここまで書いてきて、涙をおさえることができない。私は、天皇をまったく尊敬しない
人間であり、三島由紀夫のいう〝天皇制文化共同体〟の論理に与しない人間であるが、
彼の死に連帯することができる。小ざかしい〝言論の自由〟をトリデにして志しを述べる、
しょせんは文弱の徒であるまいかと、卑小なオノレの物指しで、三島由紀夫を量っていた
不明を、心底から恥じねばならない……》
と、実に率直なのである。
《人は無力だから群れるのではない。群れるから無力なのだ》
竹中の有名なセリフだが、こんなセリフ、なかなか吐けるもんじゃない。
右も左も容赦なく蹴っ飛ばす労さんの熱き生き方に心からのエールを捧ぐ。

←マスコミ非人を自称した竹中労
玄米食(100%)を始めて2週間になる。これに北海道産の黒千石大豆を炊き込む
こともある。3合炊いて1人前ずつに小分けし、冷凍してしまう。それらを毎食ごとに
取り出してレンジで〝チン〟。噛みごたえがあるから、たいていは一膳で済んでしまう。
おかげで出っ腹がひっこみ、本来の割れ腹筋が蘇ってきた(ような気がしないでもない)。
女房は麦も玄米もお嫌いなようで、100%「銀しゃり派」。だからごはんは別々に炊く。
なぜ玄米食にしたかというと、身体が欲しているからだ。「もう白いごはんは要らない」
と身体が訴えている。たぶん日頃の不摂生が祟って、本能的にアラームを発している
のだろう。実は数カ月前、特定健診を受けたのだが、どこもかしこもよくないことが
判った。特に〝肝腎かなめ〟の肝と腎がよくない。その他、血糖値、尿酸値、血圧、
コレステロール値などが軒並み〝danger zone〟に突入していて、このままだと
「長生きできませんよ」と警告を発している。
というわけで、ただべんべんと生き長らえたいと虫のいいことを考えているボクは、
卑怯未練にも玄米食に切り替え、腎のためにハトムギ茶を飲み、ビタミンEが豊富で
抗酸化力の強い米油を急遽、ネットで注文した。そのおかげかどうか知らないが、
最近、すこぶる調子がいい。お酒もうまい。で、つい深酒してしまうのだが、玄米と
ハトムギ茶と米油と赤ワインさえあれば天下無敵、と勝手に決め込んでいる。たぶん、
こういうお目出度い男は周りに迷惑をかけながら長生きするのだろう。
●5月某日
7月25日に開催される団地の夏祭りで、7年ぶりにステージに立つ、とはすでに報告
済みだ。今回はハモンドオルガンを弾く相棒NICKとのデュオである。で、練習のため
たびたびNICKの家におじゃまし、NICKが焙煎したというコーヒーを飲みながら、
オルガンに合わせて蛮声を張りあげている。最初は20分くらいの演奏かと思ったが、
出演者が少ないので、45分間、なんとか場を保たせてくれと頼まれてしまった。
結局、8~9曲歌うことになったのだが、はたして観客を飽きさせず舞台を務めることが
できるかどうか。それが問題だ。
●5月19日(火)
本日は嶋中労の「労」の字をいただいた竹中労先生の祥月命日(1991年没)だ。
先生のことは「竹中労務店」ですでに触れたが、案外存在が知られていないので、
再度書く。《竹中労は革命家であり、アナーキストだ》と竹中に関する著作をもつ
鈴木邦男は言っている。若い頃は日共の党員で、フリーのルポライターを始めてからは
雑誌『女性自身』を舞台に多くの歌手や芸能人を取材した。その成果が『芸能人別帳』
であり『無頼の点鬼簿』だ。
竹中労の文章はパワフルだ。遠慮なくズケズケ書く。
当人が言ってないことまでズケズケ書く。そのことを指摘されると、
労先生、少しも慌てず、
《いや、芸能人は言いたくても言えないのだ。それを代わって書いてやるのだ》
と曰う。
これにはボクも同感。労先生は歌手や芸能人、政治家センセーの〝自叙伝〟
なども多く代筆した。その〝えんぴつ無頼〟に憧れるわたくしめもゴーストライター
として売文業に憂き身をやつしている。たしかに時に言ってないことまで書いてしまう。
むしろそっちのほうが多かったりして……(笑)。
ボクは「憑依(ひょうい)」という言葉を弁解がましく使うのだが、
ゴーストになって文を書いている時は、「著者」の霊が乗り移ったような状態で
書いている。だから恐山のイタコの口寄せと同じで、まぎれもないボクの言葉で
はあるのだが、同時に著者の言葉でもある。ボクはイタコ(♪潮来花嫁さんは~)なのだ。
それにしても竹中労はかっこいい。
三島由紀夫の死について書いている文章があって、
《ここまで書いてきて、涙をおさえることができない。私は、天皇をまったく尊敬しない
人間であり、三島由紀夫のいう〝天皇制文化共同体〟の論理に与しない人間であるが、
彼の死に連帯することができる。小ざかしい〝言論の自由〟をトリデにして志しを述べる、
しょせんは文弱の徒であるまいかと、卑小なオノレの物指しで、三島由紀夫を量っていた
不明を、心底から恥じねばならない……》
と、実に率直なのである。
《人は無力だから群れるのではない。群れるから無力なのだ》
竹中の有名なセリフだが、こんなセリフ、なかなか吐けるもんじゃない。
右も左も容赦なく蹴っ飛ばす労さんの熱き生き方に心からのエールを捧ぐ。

←マスコミ非人を自称した竹中労
