2012年6月14日木曜日

イスラム奇々怪々

チュニジアに端を発したジャスミン革命は、燎原の火のようにアラブ諸国へ燃え移り、
チュニジア、リビア、エジプト、イエメンと、各国の長期独裁政権を倒してきた。
そして今、シリアのアサド政権が内戦状態に陥り、その命脈が尽きようとしている。

アサド政権は軍隊を使い、女といわず子供といわず、市民を虐殺していると報道されている。
アメリカと国連はこれを強く非難するが、中国・ロシアは「アメリカこそ反政府側に武器を援助
しているじゃないか」と反論、アサド政権に攻撃用ヘリなどを貸与しアメリカと対立している。

日本のメディアの報道では米ソ冷戦の再来かという論調だが、事はそれほど単純では
ない。イスラム教といっても一枚岩ではなく、よく知られているのがシーア派とスンニ派の
2大宗派の対立だ。といってもシーア派は少数派で、スンニ派がイスラム教徒全体
(15億7000万人)の約9割を占めている。

スンニ派の代表選手はサウジアラビア(スンニ派のワッハーブ派)で、
シーア派のそれがイランだ。ちなみにサダム・フセイン時代のイラクは、
国民の大半がシーア派であるのに対し、少数派であるスンニ派の
サダム・フセインが権力を掌握していた。

この旧イラクの状況が現在のシリアに似通っている。シリアは人口の約7割がスンニ派で、
そのスンニ派をアラウィ派(13%)のバシャル・アサド政権が強権で抑え込んでいる。
アラウィ派はシーア派の一派だから、つまりは旧イラクとまったく逆の立場になっている。
日本のメディアは、こうしたイスラム教宗派内の対立の構図をわかりやすく説明しないから、
宗教オンチの日本人にはいつまで経ってもアラブのことが分からない。そしてアメリカ寄りの
報道を浴びているうちに、「アサド政権=悪者」というイメージを植え付けられてしまう。

シリアの歴史を遡れば、少数派のアラウィ派は多数派のスンニ派による差別と殺戮に
さらされてきた。その力関係が1970年を境に逆転し、バシャルの父ハフェズ・アサドが
権力を掌握した。スンニ派を力で抑え込んだのである。バシャルが父親から政権を
委譲されたのが2000年。ほぼアラウィ派で固めた軍隊と情報機関、そしてメディアは
アサド体制に忠実で、スンニ派の住民を反体制テロリストと見なしている。彼らの目には、
たとえ女子供であってもスンニ派ムスリム同胞団の仲間としか映らない。

女子供が虐殺された古都ホムズはスンニ派の一大拠点で、アサド政権から見れば
テロの温床と呼ぶべきところだ。自国民を虐殺していると各国は非難するが、
アサドにとっては自国民より前に彼らは政権をおびやかすスンニ派の住民なのだ。
スンニ派はアラウィ派の宿敵で、すなわち反体制のテロリストなのである。

宗教に疎い日本人の目には極悪非道なアサド政権、という印象が濃厚だが、
もしこの政権が崩壊したら、スンニ派のすさまじい報復が始まると、
政権側のアラウィ派は戦々恐々としている。やられる前にやってしまえ。
はた目には異常としか映らない死に物狂いの殺戮は、
そんな不安な心理から発している。

不思議なことに、シリアの最大の敵であるイスラエルは、「いい気味だ」と高みの
見物と思いきや、仇敵のアサド大統領を陰で支えている、というのだから話はややこしい。

シリアでエジプトみたいに革命が起き、イスラム(原理?)主義派であるムスリム同胞団が
選挙で大勝したら、イスラエルは前にも増して敵国に囲まれるという状況になってしまう。
そうなると国家存亡の危機だ。イスラエルとしてはサウジアラビア(スンニ派)とシリア
(アラウィ派=シーア派)の冷戦が続き、互いに牽制し合ってくれたほうが都合がいいのだ。

●サウド王家が支配するサウジアラビア(スンニ派)=アメリカ&NATO&アラブ連盟のお友達
●イラン&シリア(シーア派)=中国&ロシアのお友達+レバノン・ヒズボラ(シーア派)

リビアのカダフィを支えていた中国とアサド政権を支えているロシア。
両国が恐れているのは地中海が〝NATOの海〟になってしまうことだ。
中露の最後のお友だちがイランとシリアになってしまってはまずい。
大事な資源ルート(主に原油)と武器の販売先を確保する意味でも、
この両国を失うことは許されないのだ。

聞けばリビアとシリアはロシアにとって最大の武器輸入国で、
およそ200億ドル相当の武器を買ってくれたという。しかし、
リビアが崩壊し、40億ドル相当の得意先が瞬時に消えてしまった。
残るシリアまで失ってしまったら、ロシアの軍産複合体は危殆に瀕してしまう。
ロシアが必死にアサド政権に肩入れするのはもっともなことなのだ。

シーア派とスンニ派の違いは一言では説明できない。
ましてやボクのような素人にはよく分からない。
両派の和解はたぶん不可能だろう。

2012年6月12日火曜日

風雅な食事

わが家ではカミさんの言葉が絶対で、娘2人も〝カミの声〟として素直に聞き入れる。
「なに、その行儀のわるい食べ方は。米粒がいっぱい残ってるでしょ」
カミさんの叱声が飛ぶと、娘たち(とボク)は慌てて茶碗の米粒を箸でつまむ。
わが家には「米粒を一粒でも残すと目がつぶれる」という古い教えがいまだに生きている。

食前食後の「いただきます」「ごちそうさまでした」は英語などの外国語に翻訳しにくい、
とよくいわれるが、日本のアニメに英語の字幕がつく場合は、「いただきます」は
Thank youとかI'm eatingなどと訳されるという。
『吾輩は猫である』が『I Am a Cat』と訳されるのと同じようなもので、なんだかピンと来ない。

外国でのホームステイ経験のある娘たちに聞いても、食事のたびに祈りを捧げている家は
まれで、一般的には無言で食べ始め、食べ終わっても無言だという。

モンスターペアレントが新聞紙上をにぎわしていた頃、こんな〝事件〟があった。
「給食時間に、うちの子には『いただきます』と言わせないでほしい。給食費は
ちゃんと払ってるんだから……」
そう学校に申し入れた母親がいたというのである。

この母親は「いただきます」という感謝の言葉が「学校」に向けたものだと思い込んでいる。
もちろんそれは間違いで、「いただきます」は「あなたの命をいただきます」の意だ。
人は生きるために動植物の殺生を余儀なくされる。われわれを生かすために死んでいって
くれた動植物に対して感謝の気持ちを表す言葉がこの「いただきます」で、キリスト教徒が
神に食事を感謝するのとは性質が異なっている。

米粒は一粒たりとも残さず食べろ、という古来からの教えは、もちろん生産してくれた
農家への感謝の気持ちもあるが、神聖なお米は神からの賜り物、とする古神道的な
価値観が大きい。「給食費を払ってるんだから」とする若い母親の出現は、現代日本人が、
食物に対する感謝の念をいかに失いかけているか、の証左ともいえる。

現在、「いただきます」「ごちそうさまでした」は手を合わせて唱えるだけの簡単なもの
でしかないが、昔(といってもずっとずっと昔だが)はちがった。物の本によれば、
本来は一拝一拍手の後に和歌を詠み、続けて「いただきます」もしくは
「ごちそうさまでした」と唱えるのが作法だったという。まさに風流そのものだが、
なかなかメシにありつけないとなると、せっかちなわが家の家風には馴染みそうにない。

ちなみに食前の和歌は、
たなつもの百(もも)の木草(きぐさ)も天照す日の大神のめぐみえてこそ

食後の和歌は、
朝よひに物くふごとに豊受(とようけ)の神のめぐみを思へ世の人



風雅の道を愛する皆さま、またご用とお急ぎでない方々は、
食前食後にぜひとも和歌を詠んでいただきたい。
たとえ目刺しと香の物だけの簡素な食事であっても、
きっと雅趣に富んだ正餐のように思えるでしょう。





2012年6月10日日曜日

ものいわぬは腹ふくるるわざ

今日は叔母の四十九日忌の法要が秩父札所第12番野坂寺でしめやかに
執り行われた。叔母は去年死んだ母の妹で、晩年は長く病床に臥せっていたが、
詩吟、剣舞と趣味の多彩な明るい女性だった。

母と叔母は仲のいい姉妹で、よく一緒に旅行をした。が、2人の佐渡への
小旅行は最悪だった。例によって万事に粗雑でそそっかしい母が、着いた途端に
スッテンコロリンと激しく転倒。そのまま病院へ担ぎ込まれた。母はとかくケガの
多い女で、入院といえば決まって外科だった。生涯にいったい何度外科医の世話に
なったか。病院にとっては一番のお得意先だった。

かわいそうなのは叔母だ。せっかく楽しみにしていた佐渡観光なのに、
粗忽な姉の看護に付き添わなくてはならない。けっこう重症だったので、
島外への移送はゆるされなかった。結局、丸々1ヶ月、叔母は母に付き添い、
母の隣にしつらえた簡易ベッドで寝起きした。
(いったい私は何しに来たの? )
身内に見放された2人(長兄は母にお灸を据えるため、あえて見舞いにも迎えにも
行かなかったと後に証言)は文字どおりの「島流し」にされてしまった。

そんな疫病神の母(姉)だったが、姉妹は仲が良かった。そのため、
無用のショックを与えてはいけないというので、母の死は固く秘して、
病床の叔母には伝えなかった。本年4月24日、叔母は大好きな姉の死を
知らずにあの世へ旅立っていった。まるで姉の影に惹かれるみたいに……。
知らせないことがよかったのかどうか、それはわからない。
が、ボクはこれでよかったと思っている。

叔母の葬儀のようすはブログ内の「弔電粉砕!」でやや戯画化して描いた。
まさか従兄弟の施主が読んでいようとは思わないから、思いきり葬儀を茶化したら、
今日、法事の後の粗餐の席(←おまえが言うな)で、施主の奥方がツツと寄ってきて、
ボクにそっと耳打ち。
「ブログ……読んでますよ、フフ」
というなり、謎めいた含み笑い。
(ドッキーン!)
ボクはしばし全身が硬直。あわてて笑顔でごまかしたが、
なんとかその場を取り繕うので精一杯だった。
まさに冷汗三斗の思いとはこのことだ。

いやあ、きょうの坊さんの法話はすばらしかった。心に滲みました。←わざとらしいんだよ!
結婚披露宴みたいに次々と繰り出されるスピーチ(これも秩父流か?)も、
それぞれに生きるヒントを示唆してくれそうなものばかり。
感動で胸が熱くなりました。←半分寝てたくせに

というわけで、叔母の法要もぶじに済み、めでたしめでたし。←バカ、めでたいは禁句だろ!
施主夫人のM代さん! ふつつかな私ですが、どうかお手やわらかにね。
T夫ちゃん、M代さん、今日はほんとうにお疲れさま。
粗餐(←まだ言ってる)、おいしかったです。腹へってたから……(笑)。



2012年6月8日金曜日

暑い夏

団地内に懇意にしてもらっているOさんという老夫婦がいる。
二人の年齢を足すとおよそ180歳。まだまだ元気だが、
転倒したり軽い肺炎に罹ったりで、何かと病院通いが欠かせない。
で、ヘルパーのお世話になっているのだが、ときどきボクも買い物
の代行をやったりしている。

お二人は大正教養主義の洗礼を受けた最後の生き残りみたいな存在で、
その篤学の精神にはほんとうに頭が下がる。齢90を超えても
向学心は少しも衰えを見せないのである。

ロシアの貴婦人のような白皙の奥方は、世が世なら五千石の大身旗本のお姫様。
祖父は若き日の田山花袋や島崎藤村の世話をし、樋口一葉とも交流のあった戸川残花で、
伯母の達子は勝海舟の孫と結婚している。

江戸の屋敷だったところは築地の「新喜楽」(芥川賞・直木賞の選考が行われる場所として
知られる。吉兆、金田中と並ぶ日本三大料亭のひとつ)がある場所で、維新後は接収されて
大隈重信邸となり、伊藤博文や井上馨などが入りびたり〝築地の梁山泊〟などと呼ばれた。

Oさんには娘が2人いたが、下の娘を10年前に亡くしてしまった。
母親似の超のつく美人で、ボクたち夫婦とも仲が良かったのだが、
突然の発病でこの世を去ってしまった。
二人の嘆きようは言葉に言い表せないほどのものだった。
子が親に先立つ逆縁がどれほど切なく絶望的なものか、
悲しみを必死にこらえるOさん夫妻を間近に見て、ボクは心底思い知った。

愛娘を失ったOさん夫妻の余生は、まるで抜け殻みたいだ。
手当たり次第本を読みあさっているのは、たぶん悲しみから逃れたいがためだろう。
そんなOさん夫妻にボクは2冊の本を薦めたいのだが、言い出しかねている。
タイトルは『「平穏死」のすすめ』と『大往生したけりゃ医療とかかわるな』だ。

前者は去年、母が幽明界をさまよっている時に読んだ本で、
どうやったら美しく死ねるかが書いてある。後者は「医者よ、薬よ、病院よ」と、
大騒ぎなどせず、老いに寄り添い、病に連れ添う。年寄りが楽に生きる王道は
それしかない、と説く。2冊とも、とてもいい本である。
でもタイトルがタイトルだけに、お年寄りに薦めるのがむつかしい。

父も母も、病院のベッドの上で、鼻といわず口といわず、身体中に管をつけられ、
点滴と酸素吸入、経管栄養でむりやり生かされていた。
延命治療はしないでくれと一札入れたにもかかわらず、
自然の摂理に逆行するような医療行為が平然と行われている。

病院に見舞えば誰でも気づくことだが、日本の終末期医療の現場はちょっと変なのだ。
そこには〝死に時〟を逸し、だらだらと生かされ続けている悲惨な老人たちの群れが
病床にうごめいているばかりで、人間の尊厳なんてものは脇に置かれてしまっている。
死にたくとも死なせてくれない。自然死を阻もうとする医療現場――どこかが決定的に
まちがっている。

今月はブラックフォーマルの出番が続く。
亡母の一周忌と叔母の七十七日忌があるのだ。
母にはかわいそうな死なせ方をしてしまったという負い目がある。
それは口には出さぬが兄弟が等しく感じているもので、
思い出すたびに後悔の念にさいなまれる。



今年の夏も暑くなりそうだ。



2012年6月6日水曜日

暮夜ひそかに(『田口護のSPコーヒー大全』)

わが家の冷凍冷蔵庫の中にはコーヒー豆がいっぱい詰まっている。
全国各地の名店から取り寄せたものもあれば、自分で焙いたものもある。
とにかくコーヒーが切れると、女房ともども禁断症状が出てくるのだから、
コーヒー中毒も相当年季が入ってきた。

ボクは自著も含めコーヒー関連の本をいっぱい書いてきた。主たる関心は
コーヒーに憑かれた人間たちにあって、コーヒーそのものではないのだが、
一般にはコーヒーに相当うるさい人間みたいに思われていて、いささか困惑している。
ボクの知識なんて帰山人氏の結成した〝TKY48〟というオタッキーなユニットに比べれば
子供だましみたいなもので、「くるくるぱー度」は彼らの足元にも及ばない。

くるくるぱー度を上げるためには、必死こいて自家焙煎に挑まなくてはならない。
コーヒーは自分で焙いてなんぼの世界で、焙かぬことには何事も始まらない。
フライパンでも手網でも何でもいい。とにかく自分の手で浅煎りから深煎りまで
ひととおり焙いてみる。するとコーヒー生豆の色が刻々と変化し、大きくふくらんで
いく様を目の当たりにすることになる。ここが迷宮への入口、1丁目1番地である。

どこで煎り止めるかは結局好みの問題だ。ボクは「中深煎り~深煎り」好みだから、
ついつい2ハゼまでもっていってしまう。だから浅煎りをよしとするゲイシャ種
(中国語ではもろ「藝妓」という当て字だった)はどうも苦手だ。

自分で焙煎すると、だんだん自信らしきものがついてきて「俺のコーヒーはひょっとすると……」
などと夜郎自大的な錯覚におそわれることがよくある。そうなると、たとえ教科書代わりに
『田口護の珈琲大全』を熟読玩味していたとしても、そのことは固く秘して、
読んだなどというそぶりはケほども見せない。自尊心がじゃまをするからである。

ウンウン、わかるなァ、その気持ち(笑)。自家焙煎を志す人間は妙に誇り高いのだ。
実際、『大全』のカスタマーレビューは3件しかない。増刷に次ぐ増刷で、今は
8刷り目だか9刷り目に入っていて、中国語版も出ているという超ベストセラーなのに、
レビューがたったの3件。このことは〝田口本〟がいかに密やかに、人知れず、
人目を避けてこっそりと読まれているかの証左といえる。沽券に関わるから
「愛読してま~す」なんて口が裂けても言えないのだ。

その続編とも云うべき『田口護のスペシャルティコーヒー大全』も売れゆき好調で、
いま第3弾の準備も進んでいる。それなのに、レビューはたったの2件。たぶんライバルたち
も暮夜ひそかに赤線なんぞを引っぱって「フム、なるほど、なるほど」とやっている
にちがいないのだが、そんなそぶりはおくびにも出さない。その気持ち、実によくわかる。
「レビュー? ふざけんな! そんなもん死んでも書いてやるかよ!」

田口氏は台湾や中国、韓国へ行くとアイドル並みのサイン攻めにあう。
彼の地のコーヒー業界では、今や〝神様〟みたいな存在なのだ。
そんな生き神さまの書いた第2弾が、台湾版の『おスペ大全』となってお披露目された。
題して『田口護的精品咖啡大全』。
スペシャルティコーヒーって、中国語では「精品咖啡」というらしい。
本づくりをお手伝いした清貧なるボクの名も、後ろのほうにひっそりと載っていた。
「工作人員」と書いてあった。なんだか非情なスパイになったような気分だ。


2012年6月4日月曜日

女はメンスの期間分だけ長生きする

オンナは月経に支配され、オトコは月給に支配される――
長谷川如是閑先生はうまいことを言う。

さてオトコが一生の間に作り出す精子の数は累計で約1兆個以上。
一方、オンナが産み落とす卵の数はおよそ400個だという。←ニワトリか!

アンネの周期には28日型とか30日型とかがあるらしいが一定せず、
医学的には25~38日くらいの幅があるという。

仮に初潮12歳、閉経期を50歳(どちらも日本人の平均数値)とすると
38年間、30日型として1回につき5日間とすれば、年に2ヵ月がまるまる生理中
ということになる。38年間では6年と4ヵ月。個体差があるとはいえ、
一生のうち6~7年は〝お月様〟の訪問中という計算になる。

自慢じゃないが、ボクなんか幼少時から慢性的なしぶりっ腹で、
1日に5~6回(多い日は10回)は便所に行く。その排便時間を累計すると、
とてつもない数字になるにちがいない。
「あなたの人生の半分はトイレの中ね」
便秘症の女房は半分羨ましげにそう言って小バカにする。
これじゃ〝借りぐらし〟ならぬ〝厠ぐらし〟の糞ジジイだ。

ま、そのことは措いといて、オトコはつくづく考える。「オンナの人は大変だなァ」と。
人生のうちの6~7年も月のものに悩まされているのだから……。

ところがボクの敬愛する西沢爽さんの〝珍説〟にかかるとこうなる。
爽さんは考えた。
(男女の平均寿命の差は、そのままメンスの期間と一致するのでは?)

日本人の平均寿命はオンナが86.39歳でオトコが79.64歳(2010年度統計)。
その差は6.75歳だ。つまり「メンスの期間分だけオンナが長生きしているのでは?」
というのが〝西沢珍学説〟である。

西沢曰く、
《女の長寿の根源は実はメンスにありという結論に到達するまで、
オレは寝食を忘れてひたすら研究に没頭した》←ご苦労さま(笑)

ボクはこの珍説にふれた時、雷に打たれたような衝撃を受けた。←大袈裟だろ!
科学的なことはサッパリだが、実に説得力のある〝学説〟だからだ。

で、ついでにもう一つ言うと、(日本人の)65歳以上の人々の半分以上が、
人生を終える前に痴呆症に陥る、という統計がある。さらに云えば、
人生のいちばん最後の5年7ヵ月は介護されたまま死んでいく、というのだ。

悲しいけれど、これが日本人の平均的な人生の終わり方だ。
世界一の長寿国と褒めそやされても、現実はこんなもの。
オムツを着けたままの長寿では、めでたさも中くらいなり……ってとこか。


お口直しにボクの好きな曲を聴いてください。
『Sittin' On The Dock Of The Bay』
日本のCharのギターもいいよ。





2012年6月1日金曜日

もののふの国⇔もののけの国

「女の子も広く社会の動きに関心をもたなくちゃね……」
こどもの頃からの躾のおかげか、わが家の娘たちは実に丹念に新聞を読む。
とはいっても、そこは女で、政治経済の話になると途端に興味を失うようで、
ボクが尖閣や竹島問題、憲法改正の話なんぞを口にすると、あからさまに
「われ関せず」モードに入ってしまう。この無関心ぶりはわが家の娘に限ったものなのか、
それともオンナ一般にいえることなのか、にわかに判断しかねるが、
「ややこしい問題はオトコ衆に任せておけばいいや」という一種の甘えが
あるような気がしてならない。

ほんの数十年前までは、「憲法改正」を口にするだけで〝右翼〟のレッテルを貼られ、
うさんくさい目で見られた。いや、いまでも大して変わっていないだろう。
特に女性は今にも戦争が起きるのではないか、というような不安そうな顔をしてボクを
見つめる。この人、危険分子かも――視線にかすかな侮蔑と戸惑いの色が感じられる。

大宝律令の時代から、日本人にはなぜか憲法は不磨の大典だとする意識があるようで、
現行憲法はマッカーサーとその下僚たちがわずか1週間で考えたもので、
なかんず戦争放棄を謳った憲法第9条はアメリカの植民地だったフィリピン憲法の
コピーにすぎないのだよ、といくら口を酸っぱくして言っても聞く耳を持たない。

アメリカ人が1週間でこさえたもの以上の知恵が出ない、というのなら別だが、
もしそうでないのなら、日本人自身の手で憲法を作り直しましょうよ、
となぜ言えないのか。たとえそれが現行憲法とそっくり同じ中身になってしまっても
かまわない。とにかくみんなで知恵を出し合って世界に冠たる日本国憲法を作ろう、
と言葉を尽くすのだが疑心暗鬼。裏がありそうだと容易に信じてもらえない。

朝日毎日新聞を読み、知らぬうちにメカケ根性を植えつけられてしまった人たちには、
この当たり前の理屈がわからないのだ。自分たちが戦後以来ずっと米国のお妾さんである、
という自覚すらない。骨の髄まで飼い馴らされてしまっているのである。

マッカーサーは日本国憲法は日本人が作ったものだ、と強弁しているが、
ウソっぱちである。なぜウソなのかというと、占領軍が被占領国の憲法などを
作ってはならないとする国際法に違反し、そのことをマッカーサー自身が深く
自覚しているからである。現にドイツは「憲法は俺たちが作る」と国際法を楯に
一歩も譲らなかった。

憲法で戦争放棄を謳っているのだから戦争なんて起こりっこない、ってか?
ならば憲法で地震も津波も台風も来るな、と謳えば自然災害が起こらないのか。
まさかそこまでオメデタイ国民だとは思いたくないが、戦争がいやだというのなら、
なおのこと戦争の備えをしておかなければならない。

孫子も言っている。戦争が起きるのは、あるいは戦争へと追いやられるのは、
かねてからの備えが十分でないからだ、と。永世中立国のスイスは国民皆兵だし、
スウェーデンは重武装国家である。だからヒトラーもノルウェー、デンマークには
軍を進めたが、スイスとスウェーデンは巧みに避けた。

支那が空母を持った、さあ大変だ、とおバカな連中は震え上がっているようだが、
戦前の日本を思い起こしてほしい。当時の日本は航空母艦を10隻以上持っていた。
今から60年以上も前に、空母を10隻も持って機動部隊を編成できたのは日本と
アメリカだけだ。しかも6000キロもの大行軍作戦をやりハワイ攻撃を敢行した。
事の正否は別にして、これはとてつもない実力なのである。

日本は今でこそ空母を持たないが、支那と事を構えたとしても負けることはない、
と米軍は見ている。日本の空軍力は圧倒的で、訓練時間も質も支那とは違う。
海軍力にしたってロシアの中古を改良した空母一隻ぐらいではタスクフォースには
なり得ないのだ。

かつて支那と尖閣問題でもめた時、「軍隊を出すぞ」とのあっちの脅しに、
「やれるもんならやってみろ。こっちだって出すぞ」と安倍元首相は屈しなかった。
支那はそこで黙ってしまった。支那に対してはどんなことがあっても引いては
いけないのだ。そのへんのことが、ケンカ慣れしていない民主党政権にはわからない。
だからいくらでも譲歩してしまう。1歩引けば、やつらは2歩3歩と攻めてくる。

自分の国は自分で守る。
その気概を示せない国は他国から侮られる、と肝に銘ずべし。
日本は町人国家などではない、
「もののふの国」なのだ。