20年も料理を作りつづけていると、いささか厭きる。
金に糸目をつけなければ、満漢全席だって作れないこともないが、
なにせこの不景気である。食費に金はかけられない。
バブル時代の再現を夢見るのは愚かなことだが、こう景気が悪いと
あの気狂いじみた浮かれぶりが、かえって懐かしくなる。
地球を1週間で回ってくれ、と某新聞社系の雑誌社に頼まれたことがある。
金にあかせて大名旅行をやってくれ、というような優雅なものではない。
詳しい中身は忘れてしまったが、たとえば月曜日にバイカル湖のA地点に立ち、
水曜日にはマダガスカル島のB地点に立つ。
指定された場所に立っていると、見知らぬ男(女もある)が近づいてきて、
紙切れを渡される。その紙切れには次に行くべき場所が書かれている。
守るべき条件は、どんな乗り物を使ってもいいから決められた場所に
時間どおり到着すること。そして1週間で地球をひとまわりする。
その一部始終をおもしろおかしく読み物にまとめてくれ、という依頼である。
今から思えば、何というバカバカしい企画だろう、と思う。
カネ余りになると、人間はここまで愚かなことを考えるのか、
という見本のような企画である。でも、あのバブルの時代は、
こんな呆れ返ったような企画が目白押しだった。
僕は体よく断った。行かなくてよかった、と今でも思っている。
バイカル湖のA地点といったって、ピンポイントで場所が特定されている
わけではない。
「ただ湖の畔に立っていればいいんです。行けば分かりますよ、ハハハ……」
と、雑誌の編集長はのんきに笑うのだが、なんだか気味が悪い。
だいいちロシアなんて行ったことはないし、英語だってろくすっぽしゃべれない。
バイカル湖の畔に着くまでに、たぶん迷子になるか遭難してしまうだろう。
またヨーロッパの星付きレストランを数週間にわたってはしごしたこともある。
金は使い放題。毎夜、高価なワインをばんばん空けた。
どうせ俺のカネじゃない、と思えば、人間の精神は限りなく堕落し、
欲望のおもむくままに行動する。人間がだんだんケモノ化していく。
思えばあれは〝邯鄲の夢〟だった。覚めてみれば、
まるで夢幻のごとくに思えてくる。
世の中のカネと女は仇なり。どうか仇にめぐり合いたし
こんな〝夢〟を見ているうちが花か……
「忘憂」とは酒の異名なり。この世の憂さを忘れんと、日ごと夜ごと深酒すれば、頭クラクラ、お目々ショボショボ。筆を執りても茫々としてとりとめなし。咳唾珠を成す、どころか、文意不明の「ハッパふみふみ」。意気阻喪し、思わず天を仰げば、泉下の(斎藤)緑雨がこう呟く。奇思すでに古人に尽きたり、妙想すでに西人に尽きたり、と。我に加えるべき何ものもなし。ただいたずらに閑文字をつらねるのみ、か。嗚呼!
2010年10月9日土曜日
2010年10月4日月曜日
「粛々と…」は聞き飽きた
あの鳩山のお坊ちゃま(ハトではなくサギ、カモとめまぐるしく変身し、
最後はガンで終わった)を大将に担いだオメデタイ政党である。
トップの顔がガンからカンに替わっても体質は何ら変わることはない。
その証拠が、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件から
派生した一連の外交的失態と敗北である。
一歩後退したら、相手は必ずその隙間を埋めるべく歩を進めてくる。
二歩後退したら、三歩も四歩も攻めてくる。これが外交のリアリズムなのに、
ノーテンキな鳩山のお坊ちゃまは、東シナ海を「友愛の海にしましょう」
などと提案し世界の失笑を買っただけでなく、
沖縄から米国海兵隊を追い出そうとまでした。
自分で自分の身も守れないのに、タダ飯食いの番犬など要らない、
と大見得を切ったのである。
その結果が今回の一連のドタバタ劇である。尖閣諸島に「領土問題など存在しない」
といいながら、対外的には「領土問題がありそうだ」という印象を与えてしまった。
結果的に声のでかい隣人(中国やロシア)の主張が通る、
というのでは、外交不在といわれてもしかたがない。
『君主論』で知られるマキアヴェリの人間観は実に単純なものだ。
要約すれば「人間はみな悪党だ」というに尽きる。
そこにはいかなる種類の感慨もなく、およそ空想といったものも存在しない。
目に見えたままの人間を語ろうとしたら、「みな悪党だ」という結論に至り、
そのことを遅疑なく言い放ったのだ。
民主党政権に言いたいのは、「健全なリアリストであれ」という一言だ。
「平和」だとか「友愛」だとか、いたずらに観念の符丁を振りまわすのではなく、
リアリズムに徹してくれ、と言いたいのだ。
政治を空想化してはならないし、イデオロギーの対象にしてもいけない。
必要なのは空想を交えない、リアリストによる確実な一手だ。
この間の民主党政権による外交的失策によって、
日本国民のストレスは爆発寸前にまで高まっている。
そしていまだに、鬱憤のはけ口を見出せないまま、
気ぶっせいな日々を送っている。
僕もふさぎの虫に取りつかれた者の一人だが、首相官邸、外務省、自民党
(クリックしてください)へはしっかり抗議のメールを送っておいた。
僕一人では何の力にもなり得まいが、それが幾千幾万の声となれば、
少しは政治を動かせるかもしれない。the Silent Majority(声なき民)が
いまこそ沈黙を破る時なのだ。
あの盗っ人猛々しい隣国にも、もちろん抗議の手紙文を送ったが、
相変わらず梨のつぶて。それでもめげずに抗議文を送り続けるつもりだ。
学生運動の華やかなりし頃、良くも悪くも若者たちは政治に関与したが、
今は見る影もない。student powerなど幻想で、薬にしたくともありはしないのだ。
嘆かわしいことだが、これもまた現実だ。
僕のブログを読んでくださっている人たちに一言。
健全な愛国者(nationalistではなくpatriot)を自任するのであれば、
黙して語らずというのではなく、どんな形であれアクションを起こしてほしい。
事なかれ主義こそが他国の侮りを招くのである。
ささやかなものでいい、自分の主張をカタチに表すのだ。
幸い、インターネットという情報発信装置が手もとにある。
中国はそれを巧みに世論形成の道具に使っている。
政治家どもの「粛々と……」を待っていたら日が暮れてしまう。
中国やロシアの横暴をただ指をくわえて見ているだけではだめなのだ。
悲しいけれど、うるわしき謙譲の美徳が通用するような相手ではない。
「無理が通れば道理引っこむ」では、世の中、真っ暗やみでございます。
最後はガンで終わった)を大将に担いだオメデタイ政党である。
トップの顔がガンからカンに替わっても体質は何ら変わることはない。
その証拠が、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件から
派生した一連の外交的失態と敗北である。
一歩後退したら、相手は必ずその隙間を埋めるべく歩を進めてくる。
二歩後退したら、三歩も四歩も攻めてくる。これが外交のリアリズムなのに、
ノーテンキな鳩山のお坊ちゃまは、東シナ海を「友愛の海にしましょう」
などと提案し世界の失笑を買っただけでなく、
沖縄から米国海兵隊を追い出そうとまでした。
自分で自分の身も守れないのに、タダ飯食いの番犬など要らない、
と大見得を切ったのである。
その結果が今回の一連のドタバタ劇である。尖閣諸島に「領土問題など存在しない」
といいながら、対外的には「領土問題がありそうだ」という印象を与えてしまった。
結果的に声のでかい隣人(中国やロシア)の主張が通る、
というのでは、外交不在といわれてもしかたがない。
『君主論』で知られるマキアヴェリの人間観は実に単純なものだ。
要約すれば「人間はみな悪党だ」というに尽きる。
そこにはいかなる種類の感慨もなく、およそ空想といったものも存在しない。
目に見えたままの人間を語ろうとしたら、「みな悪党だ」という結論に至り、
そのことを遅疑なく言い放ったのだ。
民主党政権に言いたいのは、「健全なリアリストであれ」という一言だ。
「平和」だとか「友愛」だとか、いたずらに観念の符丁を振りまわすのではなく、
リアリズムに徹してくれ、と言いたいのだ。
政治を空想化してはならないし、イデオロギーの対象にしてもいけない。
必要なのは空想を交えない、リアリストによる確実な一手だ。
この間の民主党政権による外交的失策によって、
日本国民のストレスは爆発寸前にまで高まっている。
そしていまだに、鬱憤のはけ口を見出せないまま、
気ぶっせいな日々を送っている。
僕もふさぎの虫に取りつかれた者の一人だが、首相官邸、外務省、自民党
(クリックしてください)へはしっかり抗議のメールを送っておいた。
僕一人では何の力にもなり得まいが、それが幾千幾万の声となれば、
少しは政治を動かせるかもしれない。the Silent Majority(声なき民)が
いまこそ沈黙を破る時なのだ。
あの盗っ人猛々しい隣国にも、もちろん抗議の手紙文を送ったが、
相変わらず梨のつぶて。それでもめげずに抗議文を送り続けるつもりだ。
学生運動の華やかなりし頃、良くも悪くも若者たちは政治に関与したが、
今は見る影もない。student powerなど幻想で、薬にしたくともありはしないのだ。
嘆かわしいことだが、これもまた現実だ。
僕のブログを読んでくださっている人たちに一言。
健全な愛国者(nationalistではなくpatriot)を自任するのであれば、
黙して語らずというのではなく、どんな形であれアクションを起こしてほしい。
事なかれ主義こそが他国の侮りを招くのである。
ささやかなものでいい、自分の主張をカタチに表すのだ。
幸い、インターネットという情報発信装置が手もとにある。
中国はそれを巧みに世論形成の道具に使っている。
政治家どもの「粛々と……」を待っていたら日が暮れてしまう。
中国やロシアの横暴をただ指をくわえて見ているだけではだめなのだ。
悲しいけれど、うるわしき謙譲の美徳が通用するような相手ではない。
「無理が通れば道理引っこむ」では、世の中、真っ暗やみでございます。
2010年9月28日火曜日
軟弱ニッポン
子供の頃は、どっちかというといじめられっ子であった。
いじめっ子というのは、弱みを見せると嵩にかかって攻めてくる。
彼らの標的にならないためには、決してスキを見せないことだ。
窮鼠猫を噛む、という俗諺があるように、ネズ公だって追いつめられれば反撃する。
僕もあるとき反撃に転じ、天敵の悪太郎と取っ組み合いのケンカをおっ始めた。
そしてどういうわけか、僕はその悪たれを地べたに組み伏せてしまったのだ。
その時の誇らかな気持ちは、今でもしっかり憶えている。
実にあっけなく勝負は決まってしまったのだが、
意外にも冷静に、しかもパワフルに戦える、という事実に
まず自分自身が驚いてしまった。
それまで殴り合いの経験など一度もなかった。その後、
何度か取っ組み合いの経験を積んだが、ケンカ上手にはなれなかった。
殴り合っている間は緊張し、アドレナリンを出しまくっているから、
痛みを感じることは少ないが、終わったあとは、拳が腫れ上がり、
端正な顔?がぐちゃぐちゃになってしまう。
学んだことはいくつかある。
①顎にしろ頬骨にしろ、骨というものはおそろしく硬いこと。
②ケンカは先手必勝。常に攻めの姿勢を堅持し、迷いなく戦うこと。
③戦っているときは相手の目を見据え、終始無言を貫くこと。
④いつでも戦えるように日頃から身体を鍛えておくこと。
殴り合いを機に、いじめはなくなり、互いに一目置く間柄になった。
「ハハーン、男同士の友情というのはこんなふうに生まれるんだな」
僕は人生における至極大事な定理を学んだような気がした。
中国は図体の大きないじめっ子そのものだ。
弱みを見せるとすかさず攻めてくる。他人の家の庭にまで押し入り、
「これは俺んちの庭だ」と声高に言いだす始末。ご近所さんも、
今やいじめっ子君の言い分にも理がある、などと言い出している。
1982年3月、イギリスとアルゼンチンとの間でフォークランド諸島の
領有権をめぐって戦争が始まった。当時の英国首相サッチャーは
〝鉄の女〟の異名にたがわず、常に強硬姿勢を貫き行動した。
サッチャーは言った。
《我われが1万3000キロも彼方の南大西洋で戦ったのは、
領土やフォークランド住民ももちろん大切だったが、
それ以上に大切なことのためだった》
その大切なことというのは何か。サッチャー曰く、
それは国の「名誉」であり「国際法」であると。
法の原則が力の行使に屈服してはならない、
と彼女はあくまで原理原則を貫いた。
ああ、我がニッポンに〝鉄の男〟はいないのか。
ぐるりを見回せば目につくのは誇りも気概もない、
口先だけのフニャチン男ばかり。
真の外交を心得たしたたかな喧嘩上手はいないのか。
このままではサムライ日本の名がすたる。
いじめっ子というのは、弱みを見せると嵩にかかって攻めてくる。
彼らの標的にならないためには、決してスキを見せないことだ。
窮鼠猫を噛む、という俗諺があるように、ネズ公だって追いつめられれば反撃する。
僕もあるとき反撃に転じ、天敵の悪太郎と取っ組み合いのケンカをおっ始めた。
そしてどういうわけか、僕はその悪たれを地べたに組み伏せてしまったのだ。
その時の誇らかな気持ちは、今でもしっかり憶えている。
実にあっけなく勝負は決まってしまったのだが、
意外にも冷静に、しかもパワフルに戦える、という事実に
まず自分自身が驚いてしまった。
それまで殴り合いの経験など一度もなかった。その後、
何度か取っ組み合いの経験を積んだが、ケンカ上手にはなれなかった。
殴り合っている間は緊張し、アドレナリンを出しまくっているから、
痛みを感じることは少ないが、終わったあとは、拳が腫れ上がり、
端正な顔?がぐちゃぐちゃになってしまう。
学んだことはいくつかある。
①顎にしろ頬骨にしろ、骨というものはおそろしく硬いこと。
②ケンカは先手必勝。常に攻めの姿勢を堅持し、迷いなく戦うこと。
③戦っているときは相手の目を見据え、終始無言を貫くこと。
④いつでも戦えるように日頃から身体を鍛えておくこと。
殴り合いを機に、いじめはなくなり、互いに一目置く間柄になった。
「ハハーン、男同士の友情というのはこんなふうに生まれるんだな」
僕は人生における至極大事な定理を学んだような気がした。
中国は図体の大きないじめっ子そのものだ。
弱みを見せるとすかさず攻めてくる。他人の家の庭にまで押し入り、
「これは俺んちの庭だ」と声高に言いだす始末。ご近所さんも、
今やいじめっ子君の言い分にも理がある、などと言い出している。
1982年3月、イギリスとアルゼンチンとの間でフォークランド諸島の
領有権をめぐって戦争が始まった。当時の英国首相サッチャーは
〝鉄の女〟の異名にたがわず、常に強硬姿勢を貫き行動した。
サッチャーは言った。
《我われが1万3000キロも彼方の南大西洋で戦ったのは、
領土やフォークランド住民ももちろん大切だったが、
それ以上に大切なことのためだった》
その大切なことというのは何か。サッチャー曰く、
それは国の「名誉」であり「国際法」であると。
法の原則が力の行使に屈服してはならない、
と彼女はあくまで原理原則を貫いた。
ああ、我がニッポンに〝鉄の男〟はいないのか。
ぐるりを見回せば目につくのは誇りも気概もない、
口先だけのフニャチン男ばかり。
真の外交を心得たしたたかな喧嘩上手はいないのか。
このままではサムライ日本の名がすたる。
2010年9月25日土曜日
読書で気慰み
ヤケ酒を飲んでもヤケ食いをしても、この鬱屈から逃れられそうにないので、
今は「ヤケ読み」をしている。つまりヤケクソの読書で気散じをしている。
鬱屈の原因は、いうまでもなく尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件である。
日本政府はとうとうarrogantな成金中国の前に膝を屈してしまった。
無理が通れば道理引っ込む――この失態は後々まで祟り、
日本人の誇りは限りなく傷つけられるだろう。
こんなふうに気分がムシャクシャした時は、たいがい酒を飲んで憂さを晴らすが、
今回はなぜか本を読む。お奨めは、英国作家R・D・ウィングフィールドの
ジャック・フロスト警部シリーズだ。フロスト警部はロンドン郊外デントン市の名物警部。
刑事コロンボみたいにヨレヨレのスーツとコートを一着におよび、
あたりかまわずお下品なジョークを飛ばし、女性を見れば卑猥な妄想をたくましくし、
すきあらば豊満なヒップに指を立てるといったセクハラを平気でする。
ならばコロンボみたいに頭脳明晰かというと、そうともいえず、
捜査はいつも行き当たりばったり。いよいよ真相に迫ったかと期待すると、
必ず裏切られガッカリさせられる。でもこのしょぼくれ警部、
いっこうに風采の上がらぬダメおやじだが、実にしぶとい。
犬猿の仲の署長からどんな悪態をつかれようとも柳に風で、決してめげない。
イギリス流のブラックなユーモアが全編にあふれ、読み終わると、
きれいなネエちゃんとinappropriateなrelationshipを結んだ時のような
満ち足りた気分にひたることができる。警察小説はそれほど得意な
ジャンルではないが、フロスト警部・シリーズだけは別。僕のイチオシは
『フロスト気質・上下』で、900頁にもおよぶ大部ながら、
読み始めたらジェットコースターみたいに止まらなくなる。
腰抜けニッポンのぶざまな外交にはほとほとガッカリさせられるが、
同じぶざまでも、フロスト警部のそれにはそこはかとないユーモアと光明がある。
《浮世のことは笑うよりほかなし》と山本夏彦は言った。
僕も師匠に倣い、渋っ面ながら苦く笑うことにしている。
今は「ヤケ読み」をしている。つまりヤケクソの読書で気散じをしている。
鬱屈の原因は、いうまでもなく尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件である。
日本政府はとうとうarrogantな成金中国の前に膝を屈してしまった。
無理が通れば道理引っ込む――この失態は後々まで祟り、
日本人の誇りは限りなく傷つけられるだろう。
こんなふうに気分がムシャクシャした時は、たいがい酒を飲んで憂さを晴らすが、
今回はなぜか本を読む。お奨めは、英国作家R・D・ウィングフィールドの
ジャック・フロスト警部シリーズだ。フロスト警部はロンドン郊外デントン市の名物警部。
刑事コロンボみたいにヨレヨレのスーツとコートを一着におよび、
あたりかまわずお下品なジョークを飛ばし、女性を見れば卑猥な妄想をたくましくし、
すきあらば豊満なヒップに指を立てるといったセクハラを平気でする。
ならばコロンボみたいに頭脳明晰かというと、そうともいえず、
捜査はいつも行き当たりばったり。いよいよ真相に迫ったかと期待すると、
必ず裏切られガッカリさせられる。でもこのしょぼくれ警部、
いっこうに風采の上がらぬダメおやじだが、実にしぶとい。
犬猿の仲の署長からどんな悪態をつかれようとも柳に風で、決してめげない。
イギリス流のブラックなユーモアが全編にあふれ、読み終わると、
きれいなネエちゃんとinappropriateなrelationshipを結んだ時のような
満ち足りた気分にひたることができる。警察小説はそれほど得意な
ジャンルではないが、フロスト警部・シリーズだけは別。僕のイチオシは
『フロスト気質・上下』で、900頁にもおよぶ大部ながら、
読み始めたらジェットコースターみたいに止まらなくなる。
腰抜けニッポンのぶざまな外交にはほとほとガッカリさせられるが、
同じぶざまでも、フロスト警部のそれにはそこはかとないユーモアと光明がある。
《浮世のことは笑うよりほかなし》と山本夏彦は言った。
僕も師匠に倣い、渋っ面ながら苦く笑うことにしている。
2010年9月21日火曜日
いやな隣人たち
中国って国はつくづくイヤな国だなあ、と思う。
尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件。逮捕された中国人船長の
拘置延長が決まったことで、中国側が激しく反発している。
盗っ人猛々しくも、中国は尖閣諸島(中国名は釣魚島)を自国領土だ
と言い張っている。そのため、日本の国内法による船長の処分はどうあっても
容認することはできない。日本の主権を暗に認めてしまうことになるからだ。
一方、逆のケースで日本の企業や観光ツアー客がロシアのビザ(査証)で
北方四島に渡航したという報道があった。火事場ドロボーみたいに
北方四島をむりやり占拠しているという現状を、占拠されている側の国民が、
無知ゆえか確信犯なのか、追認してしまうというヘマをやらかしてしまった。
こうしたおバカな日本人がいるから、話がややこしくなる。
ロシアに不法占拠されている北方四島には領土問題が存在するが、
尖閣諸島には領土問題など存在しない。共産中国と台湾が石油や
地下資源欲しさに勝手に領有権を主張しているだけである。
それも1970年前後に、国連の海洋調査でイラクの埋蔵量に匹敵する
石油資源がある、と報告された途端に、「あの島々はおれのものだ」
と我がちに言い出したというのだから、なんとも浅ましい隣人たちである。
国益がからめばサギをカラスと言いくるめるのが外交で、
性善説の鳩山のお坊ちゃまを担ぎ上げた民主党には、その理屈が分からない。
スキを見せたら尻の毛まで抜かれてしまうのが外交のリアリズムだというのに、
日本政府は「ただ粛々と見守るだけ」などとのんきなことを言っている。
中国人観光客が激減すれば、日本経済にも悪影響をおよぼす、
などと経済界からも懸念の声が寄せられている。中国人観光客の
落とすカネは平均14万円弱。12万円台のアメリカ人を大きく上回っている。
そのせいなのか、近頃、街角でも車内でも中国人観光客がやたら目につく。
そのかしましいこと。
まさか自国領土と中国マネーを天秤にかける、などという愚は犯すまいが、
中国が日本経済浮沈のカギを握っている、とばかりに大騒ぎするのは
なんとも情けない。
たかが経済ではないか。カネ勘定より大事なものがあるだろう。
戦後65年、日本人はその「大事なもの」を忘れ、上目づかいに中国人の顔色を
うかがいながら一喜一憂している。人間、落ち目にはなりたくないものだ。
尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件。逮捕された中国人船長の
拘置延長が決まったことで、中国側が激しく反発している。
盗っ人猛々しくも、中国は尖閣諸島(中国名は釣魚島)を自国領土だ
と言い張っている。そのため、日本の国内法による船長の処分はどうあっても
容認することはできない。日本の主権を暗に認めてしまうことになるからだ。
一方、逆のケースで日本の企業や観光ツアー客がロシアのビザ(査証)で
北方四島に渡航したという報道があった。火事場ドロボーみたいに
北方四島をむりやり占拠しているという現状を、占拠されている側の国民が、
無知ゆえか確信犯なのか、追認してしまうというヘマをやらかしてしまった。
こうしたおバカな日本人がいるから、話がややこしくなる。
ロシアに不法占拠されている北方四島には領土問題が存在するが、
尖閣諸島には領土問題など存在しない。共産中国と台湾が石油や
地下資源欲しさに勝手に領有権を主張しているだけである。
それも1970年前後に、国連の海洋調査でイラクの埋蔵量に匹敵する
石油資源がある、と報告された途端に、「あの島々はおれのものだ」
と我がちに言い出したというのだから、なんとも浅ましい隣人たちである。
国益がからめばサギをカラスと言いくるめるのが外交で、
性善説の鳩山のお坊ちゃまを担ぎ上げた民主党には、その理屈が分からない。
スキを見せたら尻の毛まで抜かれてしまうのが外交のリアリズムだというのに、
日本政府は「ただ粛々と見守るだけ」などとのんきなことを言っている。
中国人観光客が激減すれば、日本経済にも悪影響をおよぼす、
などと経済界からも懸念の声が寄せられている。中国人観光客の
落とすカネは平均14万円弱。12万円台のアメリカ人を大きく上回っている。
そのせいなのか、近頃、街角でも車内でも中国人観光客がやたら目につく。
そのかしましいこと。
まさか自国領土と中国マネーを天秤にかける、などという愚は犯すまいが、
中国が日本経済浮沈のカギを握っている、とばかりに大騒ぎするのは
なんとも情けない。
たかが経済ではないか。カネ勘定より大事なものがあるだろう。
戦後65年、日本人はその「大事なもの」を忘れ、上目づかいに中国人の顔色を
うかがいながら一喜一憂している。人間、落ち目にはなりたくないものだ。
2010年9月15日水曜日
自虐趣味
先月から今月にかけ、わがrabbit hutch(ウサギ小屋)に、
断続的に3人の客が泊まった。わが小屋は曲がりなりにも4LDKで、
2~3LDKよりは恵まれている、といえようが、4人家族にたった1名加わるだけで、
まず寝床の心配をしなくてはならなくなる、というのがなんとも情けない。
この「ウサギ小屋」という日本の劣悪な住宅事情を象徴する言葉は、当初、
cage a lapinというフランス語だった。ECで日本の報告書を作成した折に使われた
もので、それが英語rabbit hutchに直訳され、そのまま日本語の「ウサギ小屋」
になったのである。
フランス語の報告書にはこうあったという。
《日本人はフランスで俗に『ウサギ小屋』と呼ばれているのと同じタイプの
〝狭くて画一的な〟都市型集合住宅に住んでいる》
ここには「ヨーロッパに比べ、劣悪な住宅に暮らしている」というニュアンスはない。
フランスでもよく見かける「ウサギ小屋」と呼ばれる狭い画一的な住宅に住んでいる、
と言っているだけで、決してバカにしたわけではないのだ。それがいつの間にか、
劣悪な家に住み、狂ったように働く仕事中毒の日本人――というニュアンスに
変わってしまった。たぶん自虐的な日本のマスコミの仕業だろう。
これと似たものに《日本人の精神年齢は12歳》というマッカーサーの言葉がある。
これは1951年、アメリカ上院軍事外交委員会においての発言で、
マッカーサーは民主主義の成熟度についてこう語ったという。
《アメリカがもう40代なのに対して日本は12歳の少年。
日本ならば理想を実現する余地はまだある……》
ドイツは成熟した民主主義を有しながらファシズムに傾斜していってしまった。
そのドイツと比較して、日本なら理想的な民主主義を実現できるだろう、
としたのがこの発言で、どっちかといえば日本を擁護した文脈だった。
ところが「12歳」という部分だけが勝手に一人歩きし、
日本人は精神年齢の低い未熟な国民、
とまるで侮辱されたかのようなニュアンスに変わってしまった。
まったくの誤解で、マッカーサーにしてみれば至極心外なことであっただろう。
「精神年齢12歳」の日本人は、狭くて劣悪な「ウサギ小屋」に住んでいる
――どちらも誤解の産物だったが、つむじ曲がりの僕は、
誤解どころか事実そのものではないか、とむしろ感心しているくらいで、
民主党政権の無策ぶりと小児病的ドタバタ劇を見るにつけ、
最近ますますその意を強くしている。
断続的に3人の客が泊まった。わが小屋は曲がりなりにも4LDKで、
2~3LDKよりは恵まれている、といえようが、4人家族にたった1名加わるだけで、
まず寝床の心配をしなくてはならなくなる、というのがなんとも情けない。
この「ウサギ小屋」という日本の劣悪な住宅事情を象徴する言葉は、当初、
cage a lapinというフランス語だった。ECで日本の報告書を作成した折に使われた
もので、それが英語rabbit hutchに直訳され、そのまま日本語の「ウサギ小屋」
になったのである。
フランス語の報告書にはこうあったという。
《日本人はフランスで俗に『ウサギ小屋』と呼ばれているのと同じタイプの
〝狭くて画一的な〟都市型集合住宅に住んでいる》
ここには「ヨーロッパに比べ、劣悪な住宅に暮らしている」というニュアンスはない。
フランスでもよく見かける「ウサギ小屋」と呼ばれる狭い画一的な住宅に住んでいる、
と言っているだけで、決してバカにしたわけではないのだ。それがいつの間にか、
劣悪な家に住み、狂ったように働く仕事中毒の日本人――というニュアンスに
変わってしまった。たぶん自虐的な日本のマスコミの仕業だろう。
これと似たものに《日本人の精神年齢は12歳》というマッカーサーの言葉がある。
これは1951年、アメリカ上院軍事外交委員会においての発言で、
マッカーサーは民主主義の成熟度についてこう語ったという。
《アメリカがもう40代なのに対して日本は12歳の少年。
日本ならば理想を実現する余地はまだある……》
ドイツは成熟した民主主義を有しながらファシズムに傾斜していってしまった。
そのドイツと比較して、日本なら理想的な民主主義を実現できるだろう、
としたのがこの発言で、どっちかといえば日本を擁護した文脈だった。
ところが「12歳」という部分だけが勝手に一人歩きし、
日本人は精神年齢の低い未熟な国民、
とまるで侮辱されたかのようなニュアンスに変わってしまった。
まったくの誤解で、マッカーサーにしてみれば至極心外なことであっただろう。
「精神年齢12歳」の日本人は、狭くて劣悪な「ウサギ小屋」に住んでいる
――どちらも誤解の産物だったが、つむじ曲がりの僕は、
誤解どころか事実そのものではないか、とむしろ感心しているくらいで、
民主党政権の無策ぶりと小児病的ドタバタ劇を見るにつけ、
最近ますますその意を強くしている。
2010年9月10日金曜日
国家と民族
南北朝鮮は同じ民族同士なのだから、いずれは統一国家になることが望ましい?
僕たちはふつう同じ民族同士なら、同じ国に住むべきだと単純に考えがちだが、
「一民族一国家」が必然であるかどうかは、それほど自明なことではない。
世界の国の数をおよそ200としよう。一方、民族の数は少数民族で約3000、
主要民族で200はあるから全部で3200くらいはある。つまり単純に均してみると、
1つの国が平均16の民族を抱えるという計算になる。アメリカやロシア、
ブラジル、中国といった国は多民族国家だ。中国は55の民族を抱えているし、
あの小国ベトナムだって50以上の民族を抱えている。
一民族が一国家を形成すべく〝民族自決〟を唱える。そして、
それを達成するためには武力行使も正当化される、というのなら、
たぶん世界中で次々と戦争が勃発するだろう。
かつて我々は、歴史教科書で「民族自決の原則」ということを教わった。
ベトナムは本来ひとつであったのに、17度線で人為的に分断されていた。
それでベトナム戦争が始まり、結果、北ベトナムが南ベトナムを崩壊させ、
民族分断の悲劇は克服された。
これぞ「民族自決の勝利」だと、1975年当時、朝日を初めとした新聞各社は
大いに褒めそやしたものだが、なぜ一民族は一国家でなければならないのか。
それほど単純な問題ではない。
2年前、わが家にホームステイしたベトナム系オーストラリア人の女性教師は、
ベトナム統一によって祖国南ベトナムを追われたボートピープルの一人だった。
そして今回、わが家の客となった台湾系ドイツ人の女子留学生は、
中国人と外省人を毛嫌いし、ルームシェアさえ峻拒している。
民族的には同じ漢族なのだから、中国が台湾を併合するのは当然、
といった考えには絶対に与しない立場だろう。いざとなったら、
私も銃をとって戦う、という面構えである。
民族自決権(個人的にはチベットは独立すべきだと思っている……)
と領土保全の原則をどう整合させていくか。なかなか難しい問題で、
我われ素人が、いくら処士横議を重ねても、気の利いた答えなど出そうにない。
沈黙するに如くはない、か?
僕たちはふつう同じ民族同士なら、同じ国に住むべきだと単純に考えがちだが、
「一民族一国家」が必然であるかどうかは、それほど自明なことではない。
世界の国の数をおよそ200としよう。一方、民族の数は少数民族で約3000、
主要民族で200はあるから全部で3200くらいはある。つまり単純に均してみると、
1つの国が平均16の民族を抱えるという計算になる。アメリカやロシア、
ブラジル、中国といった国は多民族国家だ。中国は55の民族を抱えているし、
あの小国ベトナムだって50以上の民族を抱えている。
一民族が一国家を形成すべく〝民族自決〟を唱える。そして、
それを達成するためには武力行使も正当化される、というのなら、
たぶん世界中で次々と戦争が勃発するだろう。
かつて我々は、歴史教科書で「民族自決の原則」ということを教わった。
ベトナムは本来ひとつであったのに、17度線で人為的に分断されていた。
それでベトナム戦争が始まり、結果、北ベトナムが南ベトナムを崩壊させ、
民族分断の悲劇は克服された。
これぞ「民族自決の勝利」だと、1975年当時、朝日を初めとした新聞各社は
大いに褒めそやしたものだが、なぜ一民族は一国家でなければならないのか。
それほど単純な問題ではない。
2年前、わが家にホームステイしたベトナム系オーストラリア人の女性教師は、
ベトナム統一によって祖国南ベトナムを追われたボートピープルの一人だった。
そして今回、わが家の客となった台湾系ドイツ人の女子留学生は、
中国人と外省人を毛嫌いし、ルームシェアさえ峻拒している。
民族的には同じ漢族なのだから、中国が台湾を併合するのは当然、
といった考えには絶対に与しない立場だろう。いざとなったら、
私も銃をとって戦う、という面構えである。
民族自決権(個人的にはチベットは独立すべきだと思っている……)
と領土保全の原則をどう整合させていくか。なかなか難しい問題で、
我われ素人が、いくら処士横議を重ねても、気の利いた答えなど出そうにない。
沈黙するに如くはない、か?
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